読をはじめる。
「をかしいぢやありませんか。このごろ毎日、竹藪の中をうろついて、ぼんやり帰つて来て、けふはまた何だか、いやに嬉しさうな顔をしてそんなものを持ち帰り、もつたい振つて筆立に挿したりなんかして、あなたは、何か私に隠してゐますね。拾つたのでなければ、どうしたのです。ちやんと教へて下さつたつていいぢやありませんか。」
「雀の里から、もらつて来た。」お爺さんは、うるささうに、ぷつんと言ふ。
 けれども、そんな事で、現実主義のお婆さんを満足させることはとても出来ない。お婆さんは、なほもしつつこく次から次へと詰問する。嘘を言ふ事の出来ないお爺さんは、仕方なく自分の不思議な経験をありのままに答へる。
「まあ、そんな事、本気であなたは言つてゐるのですか。」とお婆さんは、最後に呆れて笑ひ出した。
 お爺さんは、もう答へない。頬杖ついて、ぼんやり書物に眼をそそいでゐる。
「そんな出鱈目を、この私が信じると思つておいでなのですか。嘘にきまつてゐますさ。私は知つてゐますよ。こなひだから、さう、こなひだ、ほら、あの、若い娘のお客さんが来た頃から、あなたはまるで違ふ人になつてしまひました。妙にそはそは
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