。卑劣漢の焼印を、自分で自分の額《ひたい》に押したのでした。お洒落の暗黒時代というよりは、心の暗黒時代が、十年後のいまに至るまで、つづいています。少年も、もう、いまでは鬚《ひげ》の剃《そ》り跡の青い大人になって、デカダン小説と人に曲解されている、けれども彼自身は、決してそうではないと信じている悲しい小説を書いて、細々と世を渡って居ります。昨年まずしい恋人が、できて、時々逢いに行くのに、ふっと昔のお洒落の本能が、よみがえり、けれども今となっては、あの、やさしい嫂にたのむことも、できなくなっているし、思うようにお金使って服装ととのえるなぞ、とても不可能なことなのでした。普段着いちまい在るきりで、他には、足袋の片一方さえ無い仕末でした。よほど落ちぶれて、困窮しているものと見えます。もともと、お洒落な子だったのですし、洗いざらしの浴衣《ゆかた》に、千切れた兵古帯《へこおび》ぐるぐる巻きにして恋人に逢うくらいだったら、死んだほうがいいと思いました。さんざ思い迷って、決意しました。借衣であります。お金を借りるときよりも、着物を借りる時のほうが、十倍くるしいものであること、ご存じですか。顔から火が出
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