力らしいお方たちと資本を出し合い、あたらしく出版社を起して、二、三種類の本を出版した様子でした。けれども、その出版の仕事も、紙の買入れ方をしくじったとかで、かなりの欠損になり、夫も多額の借金を背負い、その後仕末のために、ぼんやり毎日、家を出て、夕方くたびれ切ったような姿で帰宅し、以前から無口のお方でありましたが、その頃からいっそう、むっつり押し黙って、そうして出版の欠損の穴埋めが、どうやら出来て、それからはもう何の仕事をする気力も失ってしまったようで、けれども、一日中うちにいらっしゃるというわけでもなく、何か考え、縁側にのっそり立って、煙草を吸いながら、遠い地平線のほうをいつまでも見ていらして、ああ、またはじまった、と私がはらはらしていますと、はたして、思いあまったような深い溜息をついて吸いかけの煙草を庭にぽんと捨て、机の引出しから財布《さいふ》を取って懐にいれ、そうして、あの、たましいの抜けたひとみたいな、足音の無い歩き方で、そっと玄関から出て行って、その晩はたいていお帰りになりません。
よい夫、やさしい夫でした。お酒は、日本酒なら一合、ビイルなら一本やっとくらいのところで、煙草は
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