に眼を落しながら、
「君は、肺がわるいのだね?」
男は、突然、咳《せき》にむせかえった。こんこんこん、と三つはげしく咳をしたが、これは、ほんとうの咳であった。けれども、それから更に、こん、こん、と二つ弱い咳をしたが、それは、あきらかに嘘の咳であった。身だしなみのよい男は、その咳をしすましてから、なよなよと首《こうべ》をあげた。
「ほんとうかね」能面に似た秀麗な検事の顔は、薄笑いしていた。
男は、五年の懲役《ちょうえき》を求刑されたよりも、みじめな思いをした。男の罪名は、結婚詐欺であった。不起訴ということになって、やがて出牢できたけれども、男は、そのときの検事の笑いを思うと、五年のちの今日《こんにち》でさえ、いても立っても居られません、と、やはり典雅に、なげいて見せた。男の名は、いまになっては、少し有名になってしまって、ここには、わざと明記しない。
弱く、あさましき人の世の姿を、冷く三つ列記したが、さて、そういう乃公《だいこう》自身は、どんなものであるか。これは、かの新人競作、幻燈のまちの、なでしこ、はまゆう、椿、などの、ちょいと、ちょいとの手招きと変らぬ早春コント集の一篇たるべ
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