上りながら、原稿用紙の裏にこまかい字でくしゃくしゃと書く。私はそれを一字一字、別な原稿用紙に清書する。
「ここは、どう書いたらいいものかな。」
井伏さんはときどき筆をやすめて、ひとりごとのように呟く。
「どんなところですか?」
私は井伏さんに少しでも早く書かせたいので、そんな出しゃばった質問をする。
「うん、噴火の所なんだがね。君は、噴火でどんな場合が一ばんこわいかね。」
「石が降ってくるというじゃありませんか。石の雨に当ったらかなわねえ。」
「そうかね。」
井伏さんは、浮かぬ顔をしてそう答え、即座に何やらくしゃくしゃと書き、私の方によこす。
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「島山鳴動して猛火は炎々と右の火穴より噴き出《い》だし火石を天空に吹きあげ、息をだにつく隙間もなく火石は島中へ降りそそぎ申し候。大石の雨も降りしきるなり。大なる石は虚空《こくう》より唸《うな》りの風音をたて隕石《いんせき》のごとく速かに落下し来《きた》り直ちに男女を打ちひしぎ候。小なるものは天空たかく舞いあがり、大虚を二三日とびさまよひ候。」
[#ここで字下げ終わり]
私はそれを一字一字清書しながら、天才を実感して
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