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     第五章 芸術鑑賞

 諸君は「琴ならし」という道教徒の物語を聞いたことがありますか。
 大昔、竜門《りゅうもん》の峡谷《きょうこく》に、これぞ真の森の王と思われる古桐《ふるぎり》があった。頭はもたげて星と語り、根は深く地中におろして、その青銅色のとぐろ巻きは、地下に眠る銀竜《ぎんりゅう》のそれとからまっていた。ところが、ある偉大な妖術者《ようじゅつしゃ》がこの木を切って不思議な琴をこしらえた。そしてその頑固《がんこ》な精を和らげるには、ただ楽聖の手にまつよりほかはなかった。長い間その楽器は皇帝に秘蔵せられていたが、その弦から妙《たえ》なる音《ね》をひき出そうと名手がかわるがわる努力してもそのかいは全くなかった。彼らのあらん限りの努力に答えるものはただ軽侮の音、彼らのよろこんで歌おうとする歌とは不調和な琴の音ばかりであった。
 ついに伯牙《はくが》という琴の名手が現われた。御《ぎょ》しがたい馬をしずめようとする人のごとく、彼はやさしく琴を撫《ぶ》し、静かに弦をたたいた。自然と四季を歌い、高山を歌い、流水を歌えば、その古桐の追憶はすべて呼び起こされた。再び和らかい春
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