スレエのものなど耽読してゐたが、年を取るに従つて、例のウオルトンの『釣魚大全』やホワイトの『セルボオン博物志』を味ひ深く感じるに至つたといふことである。
 書物は何といつても各時代のテストを経て、その評価の定まつたものに限ると云つて古典の美を彼は賞揚してゐるが、さうした物のうちでは、ベエコン卿のエッセイなど最も愛読のものであつたらしい。国家枢要の位置に据つて、専らその体験から割り出した、あの処世観が最も強く子爵の胸に訴へたのも自然のことで、卿に就いては一と言も云はず唯随処にあの金言、警句を引用し、暗黙のうちにこれを推賞してゐるのも面白い。前代の大事件、また大思想を扱つた最も偉大な書物の一つとして、彼はギボンの『羅馬衰亡史』を挙げ、斯かる書は我々に快楽と慰安を与へるのみでなく、また実に我等をして静かに現代の事変に接し、高処よりこれを達観せしむる高邁の識見を供するものであると云つてゐるが、全欧大動乱の中に立つての、水際《みづぎは》立つた、あの冷静な外交振りも、斯かる深い源泉から湧き来つたものかと、今更のやうに感服されるのである。大学を出てから殆ど十年の長い日月を、子爵は北英のその邸に於て、
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