これを見出すことが出来れば、それこそ我々は一大資産を手にしたも同じである。青年時代に湧いて来た、斯かる詩に対する愛著は、決して年老ゆると共に消え去るものではない、それは我々自身の存在の緊密な一部として永久に留存し、力と慰安と快楽の確保された資源となるのであらうと彼は喝破してゐる。して、子爵自身に就いて云へば、この詩の方面に於ては、キーツ、テニソン、ブラウニングに精通し、特にウワアヅウワアスに至つては、早くからこれを愛誦し、その一言一句をも諳んじて、折に触れ事に接してこれを想ひ起し、回想記にも雑講にも随処にこれを引用してゐる。
 哲学に就いては、それと名指してはゐないが、バルフオア卿とホルデエン卿をいつてゐるやうに思はれる、政治上に活躍してゐる二知人が、趣味としてこれを読み、また始終これを筆にしてゐるのは実に奥床しき限りと賞揚してゐる。自分も牛津大学在学時代にプレトオを読まされたが、今は楽しみとして折々これを開くことがある。プレトオには到底他の哲人に見出し得ざる快楽を自分に供してくれると云つてゐる。彼が愛読の書は何といつても自然に関するものであつたらうが、それも青年時代には主としてキング
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