すわりと共に床の間に飾り込み、今更におすわりの大なるを喜んで、今年のは去年のよりも一寸からあると北叟笑む時には、天下これより快なることはなく、心ひそかに来るべき年の福運を祝して有難てえやと軽く額をたたく。
「オイ、おッかァ! 福茶がへえったら持って来や!」
とはいつにない優しい声、女房も遉《さすが》にその声を聞くとき嬉しからぬということなく、アイと素直に福茶を運び来て、「ねえお前さん、今夜こそは除夜の鐘を聞こうじゃありませんか。百八つでしたね」と睦まじいものなり。
 こうして歳の大晦日はいつも夜あかし、明けがたにトロトロと火燵《こたつ》ながらにまどろむことはあっても、年男はすぐに若水も汲まねばならず、先ず明けましてお目出度うがすむまでは、ほんとうに安息は出来ない。
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 見附と御門



 三百六十五日の年中行事に因んで、江戸趣味のあれこれをそこはかとなく漁って見た後で、まだ何やらん残っているように思って考え出したのはこの見附と御門、これこそ大江戸随一の形見とも称すべきで、さて見附は山下見附、赤坂見附、四谷、牛込の二、三ヶ所をこれに加うべく、それらいずれも多少の俤はとどめ
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