処までもよく出来ている。
 それよりして熊さん八公の常連ここに落合えば、ゆうべの火事の話、もてたとかもてなかったとか、大抵問題はいつもきまったものだ。
 次いで幾許もなく寄席仕込みの都々逸、端唄、鏡板に響いて平生よりは存外に聞きよいのを得意にして、いよいよ唸りも高くなると、番頭漸く倦《うん》ざりして熱い奴を少しばかり、湯の口にいた二、三人が一時に声を納めて言いあわしたように流し場へ飛出すと、また入れ代って二、三人、これに対しても番頭の奥の手はきまったものだ。
 とかくして、浴後の褌一つに、冬をも暑がってホッホッという太息、見れば全身|宛《さなが》ら茹蛸のようだ。
「どうでえ、よく茹りやがッたなァ」
「てめえだってそうじゃねえか。これで肥ってりゃァ差向き金時の火事見めえて柄だけどなァ――」
「金時なら強そうでいいや」
「へん、その体で金時けえ――」
 肚の綺麗なわりに口はきたなく、逢うとから別れるまで悪口雑言の斬合い。そんなこんなで存外時間をつぶし、夏ならばもうかれこれ納豆売りが出なおして金時を売りにくる時分だ。
[#改ページ]

 歳の市



 深川八幡に始まって、浅草観音、神田明神
前へ 次へ
全90ページ中80ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
柴田 流星 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング