らお話も何も出来ないことだ。ここいらの心持ちも、実ァ口で言うだけじゃァ解らないが、早く言やァ江戸ッ児の気分なのだ。
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 からッ風



 武蔵野は筑波|颪《おろし》のからッ風、秋の暮から冬三月を吹いてふいて吹きとおして、なお且つ花さく日にも吹きやまず、とかくして三春の行楽をも蹂躙《ふみにじ》ろうとすること必ずしも稀らしくはない。
 大江戸以来の名物も数多い中に、このからッ風は今に毛ほども相変らずで、しかもこの風時々に悪戯をなすこと限りなく、通りすがりの若い女の裳を弄び、おこそ頭巾の後れ髪を苛むなぞはまだしものこと、ややともすればジャアンと打ッつかったが最後、大江戸を唯一呑みと赤い舌を吐いて、ペロリペロリそこら中を嘗めまわす。江戸の花だと気勢う連中も、災の我身に及ぶ時は敢えてそうした呑気ばかり言ってはおれず、それというより死力を尽してこれと闘わねばならないので、夜々のからッ風に火の元を用心し、向島は秋葉神社の護符を拝受して台所の神棚に荒神様と同居させるなぞ、明暦以来は一層懲りに懲りているので、用意周到行きわたらざる隈もない。
「ああ又いやに吹きやァがるじゃねえか。今夜あた
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