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新内と声色
秋は月の夜更けに、都の大路小路を流しゆく新内の三味線、澄み切った空に余音を伝えて妙に心を誘《そそ》るもあわれだ。
さればぞこの哀愁を帯びた旋律に誘われて、浮世物憂く、心わびしと思う折柄には、女の小さな胸一つに何事もおさめかねて、心中を思立つもの、廓の秋にはいとど多しとか聞く。
鼻ッぱりは強くても情に脆い江戸ッ児には、こうした女から一緒に死んでくれえと言われては後へも退かず、ツイ一夜を仮初めの契りしたばかりに死出三途の道伴れまでして命惜しいとも思わぬ、これまでにされては心ぞ可愛い男とも女はそのとき初めて感じもするであろう。
さるはまた廓の夜でなくもあれ、遠くより近づき来て再び遠ざりゆくテンツルツンテン、ツンテンツンテンの響き、或は低く、或は高く、夜の空気を揺るがせて余音の嫋々を伝うるとき寒灯の孤座に人知れず泣く男の女房に去られてと聞いてもその迂《う》ッ気《け》を嗤うよりは、貰い泣きするが情だ。
声色は春の夜の朧月にも相応わしいが、夏より秋にかけての夜ごとに聞く銅鑼の音、「ええ、御贔負様如何? お二階の旦那! 何ぞ御贔負様を……」と又一つボーン
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