、江戸ッ児には何ぼう嬉しいか知れぬものだ。
 吾儕は爾《しか》く青簾を愛する、その初袷に赴いた心はやがて青簾にも同じ好愛を恣にするのである。
 君よ、青簾の中なる美しき人の姿を見んとて朝な夕なの漫《そぞろ》歩きに、その門をさまよいたもうな。そは君が想像の自由にまかせて、簾のこなたに見えざらんこそ却々《なかなか》に興は深かり……と誰やらが口調をそのまま、われらと同じ趣の人々に心づけまいらせておく。
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 夏祭り



 江戸ッ児の気勢は祭りに於て最も遺憾なく発揮される。殊に祭りは春よりも秋よりも夏に重なるが多きぞ嬉しい。
 大江戸以来の三大祭礼といえば日枝神社すなわち山王様、深川八幡、神田明神の三つで、他は赤坂の氷川神社、牛込の築土八幡、四谷の須賀神社、佃島の住吉神社、芝の愛宕神社、浅草の浅草神社すなわち三社様など、数えたらまだ幾らもある。
 中で山王の祭りは六月十五日、昔は神田明神と祭礼の競い合いをして、何がさて負け嫌いの江戸ッ児同士だけに、血の雨を降らしたことも幾度か数知れず、ためにその筋から双方隔年に大祭をすることに定められ、日枝神社が本祭りなら神田明神が陰祭り、神田
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