て、驚いて飛びあがりはしても、半ばはそれを興がりてのこと、強ちに獲物の多きを欲せずして、気晴らしをこれ専らとする。
 然れば夕べに七つ屋の格子を潜って、都々逸よりも巧みな才覚しすまして旦は町内のつきあいに我も漏れず、一日を他愛もなく興じ暮らして嚢中の空しきを悔いざる雅懐は、蓋し江戸ッ児の独占するところか。
 上げ汐の真近時になると、いずれの船からも陣鉦《じんがね》、法螺《ほら》の貝などを鳴らし立てて、互いにその友伴れをあつめ、帰りは櫓拍子に合わせて三味線の連れ弾きも気勢いよく、歌いつ踊りつの大陽気、相伴の船夫までが一杯機嫌に浮れ出して存外馬鹿にもならぬ咽喉を聞かすなぞ、どこまでも面白く出来ている。お土産は小雑魚よりも浅蜊《あさり》、蛤の類、手に手に破れ網の古糸をすき直して拵えたらしい提げものに一ぱいを重そうにして、これ留守居や懇意へのすそ頒け、自分は喰べずとも綺麗さっぱり与《や》ってしまった方が結句気安いようで、疲れて寝る臥床の中に、その夜の夢は一入《ひとしお》平和である。
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 山吹の名所



 歌書には井出の玉川をその随一とするよう記されてはあるが、さて今はさる名所
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