言を遺して水野の屋敷へ単身に乗ッ込んだ先祖の兄哥《あにい》を俟つまでもないこと、命と金とを無雑作にしてしかも仁義のおもてに時には意気地なしの嘲りをも甘受するその意義が解ったら、必ずしも江戸ッ児の阿呆ならぬ証しも立つというもの、まァ長い眼で見ていて下されば自ら釈然たるものがあろうと思う。
それから地獄の釜の蓋のあく日に、お閻魔様への御機嫌伺い、これとて強ち冥土の沙汰も金次第だからとて、死なぬ先から後生をお願い申すわけでも何でもなく、そんな卑怯な気の弱い手合いは口幅ったいことを言うのじゃないが、恐らく正真正銘の江戸ッ児には一人もないはず。あったら其奴はいかさまだと思召して頂きたい――
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節分と鷽替
年越しの夕べ、家々に年男の勇ましい声して「福はァ内、福はァ内――、鬼はァ外、鬼はァ外――」と豆撒くが聞え出すと、福茶の煮える香ばしい匂い、通りすがりの人をも襲うて、自ら嗅覚を誘る心地、どこやらに長閑《のどか》な趣はあるものだ。
その夜の追儺《ついな》に、太宰府天満宮の神事を移して、亀戸天神に催さるる赤鬼青鬼退治の古式、江戸ッ児にはそんな七面倒臭い所作なぞ、見るもじれ
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