わずらって黒眼鏡かけた中年増、若い神さんらしいのもあれば、小狡《こざか》しい中僧もおる。五、七年前まではかなりの骨董屋だったという四十男の店などには、古渡り唐物とか、古代蒔絵とか、仰々しい貼札しての古道具ずらりと陳べて、いやに客の足元から顔色を窺う無気味さ、こうしたのが数多い中には幾たりかあって、同じ仲間から内々では悪く言われても、「わァしどもァこんな処へ出るんじゃごわせんがな」と、少し頭の禿げかかった旦那らしいのを見かけると、妙にこだわって出て、附け時代のいかさま物を正真正銘で通そうとする不埒、折々は旋毛《つむじ》の曲った兄哥などに正体を見すかされて、錫製で化けきろうとした巻|莨《たばこ》入れなどを、「なんでい、こりゃアンチじゃァねえか」と一本きめつけられ、グウの音も出ないところなのを、千枚張りは存じより押しが太く、「おめぇさん一体買うのか買わねえのか。え、買うなら何とでも言いなせえだが、冷かしなら黙って貰おう。ねえ、ほかのお客の邪魔にならァ……」とは鼻ッぱりの強いことこの上もない。但し江戸ッ児にもこんな屑がありがちなは、尠からず心外の至りだ……と、また誰やらが愚痴ッていたッけ!
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新内と声色
秋は月の夜更けに、都の大路小路を流しゆく新内の三味線、澄み切った空に余音を伝えて妙に心を誘《そそ》るもあわれだ。
さればぞこの哀愁を帯びた旋律に誘われて、浮世物憂く、心わびしと思う折柄には、女の小さな胸一つに何事もおさめかねて、心中を思立つもの、廓の秋にはいとど多しとか聞く。
鼻ッぱりは強くても情に脆い江戸ッ児には、こうした女から一緒に死んでくれえと言われては後へも退かず、ツイ一夜を仮初めの契りしたばかりに死出三途の道伴れまでして命惜しいとも思わぬ、これまでにされては心ぞ可愛い男とも女はそのとき初めて感じもするであろう。
さるはまた廓の夜でなくもあれ、遠くより近づき来て再び遠ざりゆくテンツルツンテン、ツンテンツンテンの響き、或は低く、或は高く、夜の空気を揺るがせて余音の嫋々を伝うるとき寒灯の孤座に人知れず泣く男の女房に去られてと聞いてもその迂《う》ッ気《け》を嗤うよりは、貰い泣きするが情だ。
声色は春の夜の朧月にも相応わしいが、夏より秋にかけての夜ごとに聞く銅鑼の音、「ええ、御贔負様如何? お二階の旦那! 何ぞ御贔負様を……」と又一つボーン
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