もならぬが不思議、或は射《や》られた時は一ヵ所の負傷であったが、此処へ這込《はいこん》でから復《ま》た一発|喰《く》ったのかな。
蒼味《あおみ》を帯びた薄明《うすあかり》が幾個《いくつ》ともなく汚点《しみ》のように地《じ》を這《は》って、大きな星は薄くなる、小さいのは全く消えて了う。ほ、月の出汐《でしお》だ。これが家《うち》であったら、さぞなア、好かろうになアと……
妙な声がする。宛《あだか》も人の唸《うな》るような……いや唸《うな》るのだ。誰か同じく脚《あし》に傷《て》を負って、若《もし》くは腹に弾丸《たま》を有《も》って、置去《おきざり》の憂目《うきめ》を見ている奴が其処らに居《お》るのではあるまいか。唸声《うなりごえ》は顕然《まざまざ》と近くにするが近処《あたり》に人が居そうにもない。はッ、これはしたり、何の事《こッ》た、おれおれ、この俺が唸《うな》るのだ。微かな情ない声が出おるわい。そんなに痛いのかしら。痛いには違いあるまいが、頭がただもう茫《ぼう》と無感覚《ばか》になっているから、それで分らぬのだろう。また横臥《ねころん》で夢になって了え。眠《ね》ること眠ること……が、もし万一《ひょっと》此儘になったら……えい、関《かま》うもんかい!
臥《ね》ようとすると、蒼白い月光が隈なく羅《うすもの》を敷たように仮の寝所《ふしど》を照して、五歩ばかり先に何やら黒い大きなものが見える。月の光を浴びて身辺|処々《ところどころ》燦《さん》たる照返《てりかえし》を見《み》するのは釦紐《ぼたん》か武具の光るのであろう。はてな、此奴《こいつ》死骸かな。それとも負傷者《ておい》かな?
何方《どっち》でも関《かま》わん。おれは臥《ね》る……
いやいや如何《どう》考えてみても其様《そん》な筈がない。味方は何処へ往ったのでもない。此処に居るに相違ない、敵を逐払《おいはら》って此処を守っているに相違ない。それにしては話声もせず篝《かがり》の爆《はぜ》る音も聞えぬのは何故であろう? いや、矢張《やッぱり》己《おれ》が弱っているから何も聞えぬので、其実味方は此処に居るに相違ない。
「助けてくれ助けてくれ!」
と破《や》れた人間離《にんげんばなれ》のした嗄声《しゃがれごえ》が咽喉《のど》を衝《つ》いて迸出《ほとばしりで》たが、応ずる者なし。大きな声が夜の空を劈《つんざ》いて四方へ響渡
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