が、しゅろはたじろぎはしませんでした。葉がどうなろうと、その身がどうなろうといっさいいとわず、ひた押しに格子を押しあげたので、さしもがんじょうに鉄で組みあげた格子も、とうとうじりじりとしないはじめました。
ちいさなつる草は、この戦いのありさまをじっと見守っていましたが、心配のあまり今にも気が遠くなりそうでした。
「ねえ、あんたそれで痛くはないこと? 鉄わくはそんなにがんじょうなんだから、いっそ引きさがった方がよくはなくって?」と、小草はしゅろにききました。
「痛いですって? 自由の天地へ出ようという一念の前に[#「一念の前に」に傍点]、痛いくらいが何ですか? 私を励ましてくれたのは、そのお前さんだったじゃないか?」と、しゅろの木は答えました。
「ええ、励ましては上げましたわ。だってそれほどむずかしいこととは、知らなかったんですもの。お気の毒で見ちゃいられませんわ。さぞ苦しいでしょうにねえ。」
「おだまり、いくじなしめ! 私に同情してなんかもらいますまい! 私はもう死ぬか自由になるか、二つに一つです!」
とそのとき、天地をふるわすような大きな音がしました。太い鉄の棒が一本はじけ飛んだのです。ガラスのかけらが、がらがらっと音をたてて天から降って来ました。かけらの一つは、ちょうどそのとき温室のそとへ出た園長の帽子に、こつんと当たりました。
「こりゃ何ごとだろう?」と園長は、きらきらと空中に散乱したガラスのかけらを見て、どきりとして大声をあげました。そして温室をはなれていっさんに庭へ駆けだすと、屋根をふり仰いで見ました。みればガラスの円屋根のうえには、ぴんと頭をもたげたしゅろの木の緑色の冠が、誇りかにそびえているではありませんか。
『たったこれだけの事か』と、そのしゅろは考えておりました、『たったこれだけの事のために、私はあんなに長いあいだ、つらい苦しい思いをしたのかしら? これんばかりの物を手に入れるのが、私にとっての最高の目的だったのかしら?』
もう秋も深くなっておりました。そのころになってアッタレーアは、やっとあいた穴からぐいと頭をつき出したのです。みぞれまじりの氷雨《ひさめ》が、しとしとと降っておりました。身を切るような北風が、ちぎれちぎれの灰色の雨雲をひくくはわせておりました。まるでその雲が両手をひろげて、抱きついて来るような気がしました。木々はもうすっかり
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