きも亦之がためである、「若し汝の眼汝を罪に陥《おと》さば抉出《ぬきいだ》して之を棄《すて》よ、そは五体の一を失うは全身を地獄に投入れらるるよりは勝ればなり」とある(同五章二十九節)、又|施済《ほどこし》は隠れて為すべきである、右の手の為すことを左の手に知らしむべからずである、然れば隠れたるに鑒《み》たまう神は天使と天の万軍との前に顕明《あらわ》に報い給うべしとのことである(同六章四節)、即ち「隠れて現われざる者なく、蔵《つつ》みて知れず露われ出ざる者なし」とのことである(路加《ルカ》伝八章十七節)、今世は隠微の世である、明暗混沌の世である、之に反して来世は顕明の世である、善悪判明の世である、故に今世に隠れて来世に顕われよとの教訓《おしえ》である。
殊に山上の垂訓最後の結論たる是れ来世に関わる一大説教である。
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我を呼びて主よ主よと言う者|尽《ことごと》く天国に入るに非ず、之に入る者は唯我天に在《いま》す父の旨に遵《したが》う者のみ、其日我に語りて主よ主よ我等主の名に託《よ》りて教え主の名に託りて鬼を逐い、主の名に託りて多くの異能《ことなるわざ》を為ししに非ずやと云う者多からん、其時我れ彼等に告げて言わん、我れ嘗《かつ》て汝等を知らず、悪を為す者よ我を離れ去れと、是故に凡て我が此言を聴きて之を行う者は磐《いわ》の上に家を建し智人《かしこきひと》に譬えられん、雨降り、大水出で、風吹きて其家を撞《うち》たれども倒れざりき、そは磐をその基礎《いしずえ》と為したれば也、之に反し凡て我がこの言を聴きて之を行わざる者は砂の上に家を建し愚人《おろかなるひと》に譬えられん、雨降り大水出で、風吹きて其家に当りたれば終に倒れてその傾覆《たおれ》大なりき。
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と(七章二十一節以下)、実《まこと》に強き恐るべき言辞である、僅かに三十歳を越えたばかりの人の言辞として駭《おどろ》くの外はないのである、イエスは茲《ここ》に自己を人類の裁判人として提示し給うのである、万国は彼の前に召出《よびいだ》されて、善にもあれ悪にもあれ彼等が現世《このよ》に在りて為ししことに就て審判《さばか》るるのである、而して彼は悪人に対し大命を発して言い給うのである、「我れ嘗て汝等を知らず、悪を為す者よ我を離れ去れ」と、如何なる威権ぞ、彼は大工の子に非ずや、而かも彼は世の終末《おわり》に於ける全人類の裁判人を以て自から任じ給うのである、狂か神か、狂なる能わず故に神である、帝王も貴族も、哲学者も宗教家も皆|尽《ことごと》くナザレ村の大工の子に由て審判《さば》かるるのである、嗚呼世は此事を知る乎、教会は果して此事を認むる乎、キリストは人であると云う人、彼は復活せずと云う人、彼の再臨を聞いて嘲ける人等は彼の此言辞を説明する事が出来ない、主イエスは単に来世を説き給う者ではない、彼れ御自身が来世の開始者である[#「彼れ御自身が来世の開始者である」に傍点]、彼は単《ただ》に終末《おわり》の審判を伝え給う者ではない、彼れ御自身が終末の審判者である[#「彼れ御自身が終末の審判者である」に傍点]、パウロが曰いし如くに神は福音を以て(福音に準拠《じゅんきょ》して)イエスキリストを以て世を審判き給うのである(羅馬《ローマ》書二章十六節)、聖書は明白に此事を教える、此事を看過して福音は福音で無くなるのである、而して終末の審判はノアの大洪水の如くに大水大風を以て臨むとのことである、而して之に堪える者は存《のこ》り之に堪えざる者は滅ぶとのことである、而して存ると存らざるとは磐に拠ると拠らざるとに因るとのことである、而して磐は主イエス御自身である[#「磐は主イエス御自身である」に傍点]、彼[#「彼」は太字]に依頼《よりたの》み彼[#「彼」は太字]の聖言《みことば》に遵《したが》いて立ち、之に反《そむ》きて倒れるのである、人生の重大事とて之に勝る者はない、イエスを信ずる乎信ぜざる乎、彼の言辞に遵うか遵わざる乎、人の永遠の運命は此一事に由て定まるのである、而して能く此の事を知り給いしイエスは彼の伝道に於て真剣ならざるを得給わなかった、山上の垂訓は単に最高道徳の垂示ではない人の永遠の運命に関わる大警告である、天国の光輝《かがやき》と地獄の火とを背景として読むにあらざれば福音書の冒頭《はじめ》に掲げられたるイエスの此最初の説教《みおしえ》をすら能く解することが出来ないのである。
若しキリストが説かれし純道徳と称えらるる山上の垂訓が斯《かく》の如しであるならば其他は推して知るべしである、若し又人ありて馬太伝は猶太《ユダヤ》人に由て猶太人のために著されし書なるが故に自から猶太的思想を帯びて来世的ならざるを得ないと云うならば、異邦人に由て異邦人のために著わされし路加伝[#「路加
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