から》を賜いて之を神の子と為せり」とある其事である(約翰《ヨハネ》伝一章十二節)、単に神の子たるの名称を賜わる事ではない、実質的に神の子と為る事である、即ち潔められたる霊に復活体を着せられて光の子として神の前に立つ事である、而して此事たる現世に於て行《な》さるる事に非ずしてキリストが再び現われ給う時に来世に於て成る事であるは言わずして明かである、平和を愛し、輿論に反して之を唱道するの報賞《むくい》は斯くも遠大無窮である。
 義《ただし》き事のために責めらるる者は福《さいわい》なり、其故如何となれば、心の貧しき者と同じく天国は其人の有《もの》なれば也、現世《このよ》に在りては義のために責められ、来世《つぎのよ》に在りては義のために誉めらる、単《ただ》に普通一般の義のために責めらるるに止まらず、更に進んで天国と其義[#「天国と其義」に傍点]のために責めらる、即ちキリストの福音のために此世と教会とに迫害《せめ》らる、栄光此上なしである、我等もし彼[#「彼」は太字]と共に死なば彼[#「彼」は太字]と共に生くべし、我等もし彼[#「彼」は太字]と共に忍ばば彼[#「彼」は太字]と共に王たるべし(提摩太《テモテ》後書二章十一、十二節)、キリストと共に棘《いばら》の冕《かんむり》を冠《かむら》しめられて信者は彼と共に義の冕を戴くの特権に与かるのである。
「我がために人汝等を詬※[#「言+卒」、50−5]《ののし》り又|迫害《せめ》偽わりて様々の悪言《あしきこと》を言わん其時汝等は福なり、喜べ、躍り喜べ、天に於て汝等の報賞《むくい》多ければ也、そは汝等より前《さき》の予言者をも斯く迫害《せめ》たれば也」と教えられた、天国は万事に於て此世の正反対である、此世に於て崇めらるる者は彼世に於て辱《はずか》しめらる、此世に於て迫害らるる者は彼世に於て賞誉《ほめ》らる、「或人は嬉笑《あざけり》をうけ、鞭打れ、縲絏《なわめ》と囹圄《ひとや》の苦を受け、石にて撃《うた》れ、鋸にてひかれ、火にて焚《やか》れ、刃にて殺され、棉羊と山羊の皮を衣て経あるき、窮乏《ともしく》して難苦《なやみくる》しめり、世は彼等を置くに堪えず、彼等は曠野《あらの》と山と地の洞と穴とに周流《さまよ》いたり」とある(希伯来《ヘブライ》書十一章三十六―三十八節)、是れ初代の信者の多数の実験せし所であって、キリストを明白に証明《あかし》して、今日と雖も稍々《やや》之に類する困厄の信者の身に及ばざるを得ないのである、而かも信者は悲まないのである、信仰の先導者なるイエスは其の前に置かれたる喜楽《よろこび》に因りてその恥をも厭わず十字架の苦難《くるしみ》を忍び給うた(同十二章二節)、信者は希望《のぞみ》なくして苦しむのではない、彼も亦「其前に置かれたる喜楽《よろこび》に因りてその恥を厭わない」のである、神は彼等のために善き京城《みやこ》を備え給うたのである、而して彼等は其褒美を得んとて標準《めあて》に向いて進むのである(黙示録七章九節以下を見よ)。
 如斯《かくのごと》くに来世を背景として読みて主イエスの是等の言辞《ことば》に深き貴き意味が露われて来るのである、主は我等が明日あるを知るが如くに明白に来世あるを知り給いしが故に、彼の口より斯かる言辞が流れ出たのである、是れ「我れ未だ生を知らず焉《いずく》んぞ死を知らん」と言う人の言ではない、能《よ》く死と死後の事とを知り給いし神の子の言である、彼はアルバであり又オメガである、始《はじめ》であり又|終《おわり》である、今あり昔あり後ある全能者である(黙示録一章八節)、故に陰府《よみ》と死との鑰《かぎ》(秘密)を握り今ある所の事(今世の事)と後ある所の事(来世の事)とを知り給う(同十八、十九節)、而して斯かる全能者の眼より見て今世に於て貧しき者は却て福なる者である、柔和なる者(蹂躪《ふみつけ》らるる者の意)は却て地の所有者となる、神を見るの特権あり、清き者は此特権に与かるを得云々、言辞《ことば》は至て簡短である、然れども未来永劫を透視する全能者の言辞として無上に貴くある、故に単に垂訓として読むべき者ではない、予言として玩味すべき者である。
 其他山上の垂訓の全部が確実なる来世存在を背景として述べられたる主イエスの言辞である、而して此背景に照らし見て小事は決して小事ではない、其兄弟を怒る者は(神の)審判《さばき》に干《あずか》り、又其兄弟を愚者よと称《い》う者は集議(天使の前に開かるる天の審判)に干り、又|狂人《しれもの》よという者は地獄の火に干るべしとある(馬太《マタイ》伝五章二十二節)即ち「我れ汝等に告げん、すべて人の言う所の虚しき言は審判《さばき》の日に之を訴えざるを得じ」とある主イエスの言の実現を見るべしとのことである(同十二章三十六節)、姦淫の恐るべ
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