》教が世間の評判がよくなったから私も耶蘇教になろう、というようなものがございます。関東に往きますと関西にあまり多くないものがある。関東には良いものがだいぶたくさんあります。関西よりも良いものがあると思います。関東人は意地《いじ》ということをしきりに申します。意地の悪い奴はつむじ[#「つむじ」に傍点]が曲っていると申しますが毬栗頭《いがぐりあたま》にてはすぐわかる。頭のつむじ[#「つむじ」に傍点]がここらに(手真似にて)こう曲がっている奴はかならず意地が悪い。人が右へ行こうというと左といい、アアしようといえばコウしようというようなふうで、ことに上州人にそれが多いといいます(私は上州の人間ではありませぬけれども)。それでかならずしもこれは誉《ほ》むべき精神ではないと思うが、しかしながら武士の意地というものです。その意地をわれわれから取り除《の》けてしまったならば、われわれは腰抜け武士になってしまう。徳川家康のエライところはたくさんありますけれども、諸君のご承知のとおり彼が子供のときに川原《かわら》へ行ってみたところが、子供の二群が戦《いくさ》をしておった、石撃《いしぶち》をしておった。家康
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