陛下、陛下は御隣邦のカンデエケの女王に恋をしていらつしやるさうでございますね。其方はわたくしより美しうございますか。※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]をおつきになつては嫌でございますよ。』
『あなたより美しい?』王はバルキスの足下に身を伏せて叫んだ。『そんな事がある訣はありません。』
『さう? それなら其方のお眼は? 其方のお口は? 其方のお色つやは? 其方のお喉は?』女王は口を絶たない。
そこでバルタザアルは両腕を女王の方へのばしながら『寡人にあなたの頸に落ちた小さな羽を下さるなら、寡人は其代に寡人の王国の半を差上げる。あの賢いセムボビチスも宦官のメンケラも差上げる』とかう叫んだ。
けれども女王は座を立つて、冴々した笑ひ声と共ににげて仕舞つた。魔法師と宦官とがかへつて来た時に、王は何時になく深い物思に沈んでゐた。
『陛下、都合のよい商業上の条約をお結びになりましたか』セムボビチスはかうたづねた。
其日、バルタザアルはシバの女王と晩餐を共にして、椰子の酒を飲んだ。一緒に食事をしてゐるとバルキスが、『それではカンデエケの女王が私ほど美しくないと云ふのはほんたうでございますか』とたづねた。
『カンデエケの女王はまつ黒です』とバルタザアルが答へた。
バルキスは意味ありげにバルタザアルを見た。
『黒くつても不器量とは限りませんわ。』
『バルキス!』
王はかう叫びながら、二言と云はずに女王を抱きしめた。王の唇に圧されて、女王の頭は力なくうしろへ下がるのである。けれども王は女王が泣いてゐるのを見て、甘つたるい、小さな声で話しかけた。乳母が乳のみ児にものを云ふ時のやうな口調である。王は女王を『わが小さき花』と云つたり『わが小さき星』と云つたりした。
『どうして泣くのです? 泣きやむ様にするには何をしなければならないと云ふのです? したい事があるなら仰有い。何でも聞いてあげます。』
女王は泣きやんだ。けれどもまだ思に沈んでゐる。王は長い間女王に其願を打明けてくれと願つた。其揚句にやつと女王がかう云つた。
『わたくしは怖と云ふ事を知りたいのでございます。』
バルタザアルには解し兼ねた様に見えた。そこで女王は是迄久しい間、何か未知らぬ危険に出あひたいと思つても、シバの人民と神々とが見張つてゐるので、遇ふ事が出来ないと云ふ事を話してくれた。
『それでも』と女
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