、私の眼からは熱いものが流れた。
 しかも大きい牛の體は、更に大きい蒸汽氣罐の怪物の影に隱れて、乾いた長い路を、白い沙塵をあげながら、鋸の齒形のやうに、ギクギクと刻むでいつた。
 あの努力! あの努力!
 私は其處に人が見てゐなかつたら面を掩ふて泣いたろう。そして私は心の中でいつた。
 安價なセンチメントだと嗤はないで下さい※[#感嘆符二つ、1−8−75] 古くさい譬喩だと冷笑しないで下さい!
 人々は、兄弟は、自分は、牛は牛方の男は、今皆苦しみ惱み、默々と喘いでゐる……。
 人々も牛を見送つてしまふと、皆いひ合はしたやうにホツとして汗を拭いて、堰を切つたやうに急坂をなだれおちた。
 私は人知れず、交番のプラタアヌの影で洋傘を翳して、自分の泣蟲を耻ぢながら涙を拭いた。

[#3字下げ]女と赤ん坊[#「女と赤ん坊」は中見出し]

 ある日の午後、貧民窟といつてもいゝやうな、ある場末の乾うどんやの前で、私は若い女の人と話しあつてゐた。
 その婦人の負ぶつてゐる赤ン坊は、この暑中に、赤い綿ネルのボタボタを着て、小さい手を私の方へ差し伸べ、パラソルの柄を堅く握つて放さなかつた。
 私の顏と傘とを等分に見比べながら、ニコニコと何事をか語りかけてゐる。
 肥つた可愛い子!
『お子さんは何時お生れでしたの?』
『この一月ですよ』
『まあ大きい事、もうお誕生位に見えるのね、』
 私は心から可愛らしい子だと思つた。
 話はもうそれで途切れてしまつた。
 婦人は何處か一つ所を凝と無愛想に見つめてゐる。
 そして暫く時が經過した。
 すると突然疳高い聲が私の胸を貫いた。
『これツ、いまに呉れつちやうんです。』
 婦人は自分で自分にその勇氣と決斷とを示すやうに、こんな重大事を事もなげにいひ放つと、何かおちつかない風に、おどおどと私の顏を[#「顏を」は底本では「顏ち」]見てゐた。
 私にも何か急に重いものが、自分の方へ倒れがゝつてくるやうな息苦しさが感じられた。
『折角まあこんなにして、御親類へでもこのお子をおあげになるといふんですか?』
 對手の感情を支えるやうな氣持ちでいふ。
 すると婦人は、燻ゆぶつてゐるけれど玉子なりの眼鼻立ちの整つた面をふりあげて、
『いゝえ、これから搜さなきやならないんですよ、あなた……』
 訴へるやうな表情でいつた。
 赤ン坊は背中で機械の龜の子のやうに、ぷりぷ
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