》してゐる黨《たう》の指令《しれい》のもとに、ある地方《ちはう》へ派遣《はけん》された後《のち》、彼等《かれら》は滅多《めつた》に逢《あ》ふ機會《きくわい》もなかつた。
 その間《あひだ》彼女《かのぢよ》は、無産者《むさんしや》××同盟《どうめい》の支部《しぶ》で働《はたら》く傍《かたはら》、あるデパート專屬《せんぞく》の刺繍《ししう》工場《こうぢやう》に通《かよ》つて生活《せいくわつ》を支《さゝ》へた。そのうち、三・一五|事件《じけん》として有名《いうめい》な、日本《にほん》×××員《ゐん》の全國的《ぜんこくてき》の大檢擧《だいけんきよ》が行《おこな》はれた。それ以來《いらい》、片山《かたやま》の消息《せうそく》は知《し》れなくなつた。
 彼女《かのぢよ》は、片山《かたやま》一人《ひとり》を得《う》る爲《ため》には、過去《くわこ》の一|切《さい》を棄《す》てた。肉親《にくしん》とも絶《た》たなければならなかつた。もつとも、母親《はゝおや》は實母《じつぼ》ではなかつた。
 唯《たゞ》一人《ひとり》、頼《たの》みとする片山《かたやま》に訣《わか》れた彼女《かのぢよ》は、全《まつた》く淋《さび》しい身《み》の上《うへ》だつた。彼女《かのぢよ》は、片山《かたやま》の同志《どうし》のK氏《し》の家《うち》に身《み》を寄《よ》せて、彼《かれ》の居所《ゐどころ》を搜《さが》してゐたが、その彼《かれ》が、I刑務所《けいむしよ》の未決監《みけつかん》にゐると判《わか》つたのは、行方不明《ゆくへふめい》になつてから、半年《はんとし》もの後《のち》だつた。
 それから彼女《かのぢよ》は毎晩《まいばん》、惡夢《あくむ》を見《み》た。片山《かたやま》が後手《うしろで》に縛《しば》り上《あ》げられて上《うへ》から吊《つ》るされてゐる、拷問《がうもん》の夢《ゆめ》である。[#底本では、この行頭の1字下げなし]
 ある時《とき》は、隣室《りんしつ》に臥《ね》てゐるKの夫人《ふじん》に搖《ゆす》り起《おこ》されて眼《め》を覺《さ》ましたが、彼女《かのぢよ》にはそれが單《たん》に夢《ゆめ》とばかり、打《う》ち消《け》すことができなかつた。何故《なぜ》なら、その頃《ころ》、さういふ野蠻《やばん》な戰慄《せんりつ》すべき噂《うはさ》が、世間《せけん》に喧《やかま》しく傳《つた》はつてゐたからだ。
 彼女《かのぢよ》は毎晩《まいばん》ぐつしよりと、寢汗《ねあせ》をかいて眼《め》をさました。寢卷《ねまき》は濡《ぬ》れ紙《がみ》のやうに膚《はだ》にへばりついてゐた。
 その日《ひ》も、朝《あさ》早《はや》く彼女《かのぢよ》は起《お》き上《あが》らうとしたが、自分《じぶん》にどう鞭《むち》うつて見《み》ても、全身《ぜんしん》のひだるさ[#底本ママ]には勝《か》てなかつた。立《た》ち上《あが》ると激《はげ》しい眩暈《めまひ》がした。周圍《しうゐ》がシーンとして物音《ものおと》がきこえなくなつた。體《からだ》はエレベーターのやうに、地下《ちか》へ地下《ちか》へと降下《かうか》してゆくやうな氣持《きもち》だつた。そして遂《つひ》に彼女《かのぢよ》は意識《いしき》を失《うしな》つて了《しま》つた。
 間《ま》もなく、K夫人《ふじん》は間《あひだ》の襖《うすま》[#ルビは底本ママ]を開《あ》けて吃驚《びつくり》した。瞬間《しゆんかん》、自殺《じさつ》かと狼狽《らうばい》した程《ほど》、彼女《かのぢよ》は多量《たりやう》の咯血《かくけつ》の中《なか》にのめつてゐた。
 然《しか》し、夫人《ふじん》は氣《き》を鎭《しづ》めて、近《ちか》くにゐる同志《どうし》の婦人達《ふじんたち》を招《よ》び集《あつ》めた。近所《きんじよ》から醫師《いし》も來《き》て、兎《と》も角《かく》應急手當《おふきふてあて》が施《ほどこ》された。
 病氣《びやうき》は急激性肺勞《ギヤロツピングコンザンプシヨン》と診斷《しんだん》された。
 然《しか》しその時《とき》の周圍《しうゐ》の事情《じじやう》は、病人《びやうにん》をK氏《し》の家《うち》に臥《ね》かして置《お》く事《こと》を許《ゆる》さないので、直《す》ぐに何處《どこ》へか入院《にふゐん》させなければならなかつた。
 だが、入院《にふゐん》するとしても、誰一人《たれひとり》入院料《にふゐんれう》などを持合《もちあは》してゐる筈《はず》がないので、施療《せれう》患者《くわんじや》を扱《あつか》ふ病院《びやうゐん》へ入《い》れるより仕方《しかた》がなかつた。處《ところ》で一|番《ばん》先《さき》に、市《し》の結核《けつかく》療養所《れうやうじよ》へ交渉《かうせふ》して見《み》たが、寄留屆《きりうとゞけ》がしてないので駄目《だめ》だつた。そのうちにも、病人《びや
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