私の隣席へ腰かけた。私は今更のように、自分が故郷にいた頃からの時代の進展を見せられたように感服する。
鬼怒川を渉《わた》った頃から、セルの羽織に鳥打ちをかぶった芸人風の男が四五人同乗した。絶えず小唄みたいなものを口ずさんでいた。女が向こうから寒そうに橋を渡ってくると、男達は何とか叫んで媚を送った。
沙沼《さぬま》を見て過ぎると、自動車は下妻の街に入った。東京連鎖劇一座という長方形の色の褪めた赤い旗が、ペロリと一枚、事務所のような建物の前に垂れていた。
その日は曇ってはいたが、水田の彼方に筑波は長い裾をひいて平和な姿に煙っていた。
もうそこから横瀬夜雨氏のお家はいくらもない。古い大きな門を入ると、障子の硝子から此方を覗いている師のお顔があった。
小さい百合子さんが喫驚《きっきょう》した顔をして私を見つめていた。
南向きの縁側近くに師の机は据えてあった。洋傘を縁側へ置いて障子をさっ[#「さっ」に傍点]と開けた時、まず私の瞳を射たものは、正面の仏壇の夥しい累々とした位牌だった。金色に光っていた。古い先祖代々のであろう。
「余り嘘ばかり云って先生や奥さんの信用を失《な》くしましたから、譬え一時間でも二時間でもお目にかかり度くて参りました」
私はそういって坐った。
「あははははそうなければ信用の恢復ができませんからね……」
師は愉快そうに笑った。
奥さんは桑摘みにゆかれてお留守だった。
百合子ちゃんへおみやげの折紙を出して上げると、百合子ちゃんは真面目くさってそれを開け初[#「初」にママの注記]めた。開けて見てさも心から嬉しそうに、
「けっけっけ!」と笑った。
私はそんなに悦んで貰った事がない。私はそれだけで今日の訪問にすっかり満足を感じた。
どんな御馳走よりも賛辞よりも、その子供の、「けっけっけ!」という笑い声の純真さに打たれた。
絲子さんという姉さんの方の子が学校から帰ってくる。姉妹で折紙の奪い合いを始める。
奥さんも帰って来られた。私は初対面だった。質実な素朴な、心の細やかそうな、そして勝ち気らしい印象を受けた。
師は昔を懐かしそうにぽつりぽつりと話し出される。今は詩人としてよりも地主として接していられる当面の問題について色々話して下さる。私は時計を気にしいしい時間を過ごした。日の暮れない中に故郷へ帰ろうと思うからだった。
「少し早く家を出て
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