《ばん》はきっと来《こ》い、瘤《こぶ》を返《かえ》してやるから。」
 こういいながら、みんなあわててどこかへ消《き》えていきました。
 おじいさんはその後《あと》で、そっと顔《かお》をなでてみました。そうすると、長年《ながねん》じゃまにしていた大きな瘤《こぶ》がきれいに無《な》くなって、後《あと》はふいて取《と》ったようにつるつるしていました。
「これは有《あ》り難《がた》い。ふしぎなこともあるものだ。」
 おじいさんはうれしくってたまらないので、早《はや》くおばあさんに見《み》せてよろこばしてやろうと、首《くび》を振《ふ》り振《ふ》り、急《いそ》いでうちまで駆《か》けて帰《かえ》りました。
 おばあさんは、おじいさんの瘤《こぶ》がきれいに取《と》れているので、びっくりして、
「おや、瘤《こぶ》をどこへやったのです。」
 と聞《き》きました。おじいさんはこういうわけで、鬼《おに》がしち[#「しち」に傍点]に取《と》って行《い》ったのだといいました。おばあさんは、
「まあ、まあ。」
 といって、目《め》をまるくしておりました。

     二

 さてこのお隣《となり》のうちにも、これは左《ひだり》のほおに、やはり同《おな》じような瘤《こぶ》のあるおじいさんがありました。おじいさんの瘤《こぶ》のいつの間《ま》にか無《な》くなったのを見《み》て、ふしぎそうに、
「おじいさん、おじいさん、あなたの瘤《こぶ》はどこへいきました。だれか上手《じょうず》なお医者《いしゃ》さまに切《き》ってもらったのですか。どこだかそのお医者《いしゃ》さまのうちを教《おし》えて下《くだ》さい。わたしも行《い》って取《と》ってもらいましょう。」
とうらやましそうにたずねました。
 おじいさんは、
「なあに、これはお医者《いしゃ》さまに切《き》ってもらったのではありません。ゆうべ山の中で鬼《おに》が取《と》っていったのです。」
 といいました。
 するとお隣《となり》のおじいさんはひざを乗《の》り出《だ》して、
「それはいったいどういうわけです。」
 と、びっくりした顔《かお》をしました。
 そこでおじいさんは、こういうわけで踊《おど》りを踊《おど》ったら、後《あと》でしち[#「しち」に傍点]に取《と》られたのだといって、くわしい話《はなし》をしました。お隣《となり》のおじいさんは、
「いいことを聞《き》いた。ではわたしもさっそく行って踊《おど》りを踊《おど》りましょう。おじいさん、その鬼《おに》の来《く》る所《ところ》がどこだか、教《おし》えておくんなさい。」
 といいました。
「ああ、いいとも。」
 とおじいさんはいって、くわしく道《みち》を教《おし》えてやりました。
 おじいさんは大《たい》そうよろこんで、あたふた山へ出ていきました。そして教《おそ》わった木のうろの中へ入《はい》って、こわごわ鬼《おに》の来《く》るのを待《ま》っていました。
 なるほど、話《はなし》に聞《き》いたとおり、夜中《よなか》になると、何《なん》十|人《にん》となく青《あお》い着物《きもの》を着《き》た赤鬼《あかおに》や、赤《あか》い着物《きもの》を着《き》た黒鬼《くろおに》が、貂《てん》の目のようにきらきら光《ひか》る明《あ》かりをつけて、がやがやいいながら出《で》てきました。
 やがてみんなはゆうべのように木のうろの前《まえ》に座《すわ》って、にぎやかなお酒盛《さかも》りをはじめました。
 その時《とき》おかしらの鬼《おに》が、
「どうした。ゆうべのじいさんはまだ来《こ》ないか。」
 といいました。
「どうした、じじい、早《はや》く出《で》てこい。」
 手下《てした》の鬼《おに》どももわいわいいいました。
 お隣《となり》のおじいさんは、それを聞《き》いて、「ここだ。」と思《おも》って、こわごわうろの中からはい出《だ》しました。
 するとひとりの鬼《おに》が目《め》ばやく見《み》つけて、
「やあ、来《き》ました、来《き》ました。」
 といいました。
 おかしらは大《おお》よろこびで、
「おお、よく来《き》た。さあ、こっちへ出て、踊《おど》れ、踊《おど》れ。」
 と声《こえ》をかけました。
 おじいさんは、おっかなびっくり立《た》ち上《あ》がって、見《み》るからぶきような手《て》つきをして、でたらめな踊《おど》りを踊《おど》りました。おかしらの鬼《おに》はふきげんな顔《かお》をして、
「今日《きょう》の踊《おど》りは何《なん》だ。まるでまずくって見《み》ていられない。もういい。帰《かえ》れ、帰《かえ》れ。おい、じじいに、ゆうべのあずかりものを返《かえ》してやれ。」
 とかんしゃく声《ごえ》でいいました。
 すると下座《しもざ》の方《ほう》から若《わか》い鬼《おに》が、あずかっていた瘤《こぶ》を持《も》って出て、
「それ、返《かえ》すぞ。」
 とわめきながら、瘤《こぶ》のない右《みぎ》のほおへぽんとたたきつけました。
 お隣《となり》のおじいさんは、
「あっ。」
 とさけびましたが、もう追《お》っつきませんでした。両方《りょうほう》のほおへ二つ瘤《こぶ》をぶら下《さ》げて、おいおい泣《な》きながら、山を下《くだ》って行きました。



底本:「日本の古典童話」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年6月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2006年7月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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