ちょうど日曜日でした。近所のひとたちが、お説教をききに、ぞろぞろでかけていきます。ヨハンネスも、そのあとからついていって、さんび歌のなかまにまじって、神さまのお言葉をききました。するうち、こどものとき、洗礼をうけたり、おとうさんにつれられて、さんび歌をいっしょにうたった、おなじみぶかいお寺に来ているようにおもいました。
 お寺のそとの墓地には、たくさんお墓がならんでいて、なかには高い草のなかにうずまっているものもありました。それをみると、ヨハンネスは、おとうさんのお墓も草むしりして、お花をあげるものがなければ、やがてこんなふうになるのだとおもいました。そこで、べったりすわって、草をぬいてやったり、よろけている十字|架《か》をまっすぐにしてやったり、風でふきとんでいる花環《はなわ》をもとのお墓の所へおいてやったりしました。そんなことをしながら、ヨハンネスはかんがえました。
「たぶん、おとうさんのお墓にも、たれかが、おなじことをしておいてくれるでしょう、ぼくにできないかわりに。」
 墓地の門そとに、ひとり、年よりのこじきがいて、よぼよぼ、松葉づえにすがっていました。ヨハンネスは、もっていたシリング銀貨をやってしまいました。それですっかりたのしくなり、げんきになって、またひろい世の中へでていきました。[#「。」は底本では欠落]
 夕方、たいへんいやなお天気になりました。どこか宿をさがそうとおもっていそぐうち、夜になりました。でもどうやら、小山の上にぽっつり立っているちいさなお寺にたどりつきました。しあわせと、おもての戸があいていたので、そっとそこからはいりました。そうして、あらしのやむまでそこにいることにしました。
「どこかすみっこにかけさせてもらおう。」と、ヨハンネスはいって、なかにはいっていきました。
「なにしろひどくくたびれている、すこし休まずにはいられない。」
 こういって、ヨハンネスはそこにどたんとすわって、両手をくみあわせて、晩のお祈をいいました。こうして、いつか知らないまに寝込んで、夢をみていました。そのあいだに、そとでは、かみなりがなったり、いなづまが走ったりしていました。
 やっと目がさめてみると、もう真夜中《まよなか》で、あらしはとうにやんで、お月さまが、窓からかんかん、ヨハンネスのねている所までさし込んでいました。ふとみると、本堂のまんなかに、死んだ人を入れた棺《かん》が、ふたをあけたまま置いてありました。まだお葬式がすんでいなかったのです。ヨハンネスは正しい心の子でしたから、ちっとも死人をこわいとはおもいません。それに死人がなにもわるいことをするはずのないことはよくわかっていました。生きているわるいひとたちこそよくないことをするのです。ところへ、ちょうど、そういう生きているわるい人間のなかまがふたり、死人のすぐわきに来て立ちました。この死人はまだ埋葬《まいそう》がすまないので、お寺にあずけておいてあったのです。それをそっと棺のなかに休ませておこうとはしずに、お寺のそとへほうりだしてやろうという、よくないたくらみをしに来たのです。死んだ人を、きのどくなことですよ。
「なんだって、そんなことをするのです。」と、ヨハンネスは声をかけました。「ひどい、わるいことです。エスさまのお名にかけて、どうぞそっとしてあげておいてください。」
「くそ、よけいなことをいうない。」と、そのふたりの男はこわい顔をしました。「こいつはおれたちをいっぱいはめたんだ。おれたちから金《かね》を借りて、かえさないまま、こんどはおまけにおッ死んでしまやがったんだ。おかげで、おれたちの手には、びた一文かえりやしない。だからかたきをとってやるのだ。寺のそとへ、犬ッころのようにほうりだしてやるのだ。」[#「」」は底本では欠落]
「ぼく、五十ターレル、お金があります。」と、ヨハンネスはいいました、「これがもらったありったけの財産ですが、そっくりあなた方に上げましょう。そのかわり、けっしてそのかわいそうな死人のひとをいじめないと、はっきり約束してください。なあに、お金なんかなくってもかまわない。ぼくは手足はたっしゃでつよい、それにしじゅう神さまが守っていてくださるとおもうから。」
「そうか。」と、そのにくらしい男どもはいいました。「きさま、ほんとうにその金《かね》をはらうなら、おれたちもけっして手だしはしないさ、安心しているがいい。」
 こういって、ふたりは、ヨハンネスのだしたお金をうけとって、この子のお人よしなのを大わらいにわらったのち、どこかへ出て行きました。でも、ヨハンネスは死人を、またちゃんと棺《かん》のなかへおさめてやって、両手を組ませてやりました。さて、さよならをいうと、こんどもすっかりあかるい、いい心持になって、大きな森のなかへはいっていきま
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