が、いまではたかい天国にのぼっていて、じぶんたちのよりももっとうつくしい、もっと大きいつばさがはえていることや、この世で心がけのよかったおかげで、あちらへいっても、神さまのおめぐみをうけて、いまではしあわせにくらしていることをよく知っているからでした。この小鳥たちが、緑ぶかい木立をはなれて、とおくの世界へとび立っていくところを、ヨハンネスはみおくって、じぶんもいっしょにとんでいきたくなりました。
 けれども、さしあたりまず、大きな木の十字|架《か》を切って、それをおとうさんのお墓に立てなければなりません。さて、夕がた、それをもっていきますと、どうでしょう、お墓にはまあるく砂が盛ってあって、きれいな花でかざられていました。それはよその知らない人がしてくれたのです。なくなったおとうさんはいい人でしたから、ひとにもずいぶん好かれていました。
 さて、あくる日朝はやく、ヨハンネスは、わずかなものを包にまとめ、のこった財産の五十ターレルと二、三枚のシリング銀貨とを、しっかり腰につけました。これだけであてもなしに世の中へ出て行こうというのです。いよいよ出かけるまえ、まず墓地へいって、おとうさんのお墓におまいりして、主《しゅ》のお祈をとなえてから、こういいました。
「おとうさん、さよなら。ぼくは、いつまでもいい人間でいたいとおもいます。ですから、神さまが、幸福にしてくださるように、たのんでください。」
 ヨハンネスがこれからでていこうという野には、のこらずの花があたたかなお日さまの光をあびて、いきいきと、美しい色に咲いていました。そうして、風のふくままに、それが、がってんがってんしていました。「みどりの国へよくいらっしゃいましたね、ここはずいぶんきれいでしょう。」といっているようでした。けれど、ヨハンネスは、もういちどふりかえって、ふるいお寺におなごりをおしみました。このお寺で、ヨハンネスはこどものとき洗礼をうけました。日曜日にはきまって、おとうさんにつれられていって、おつとめをしたり、さんび歌をうたったりしました。そのとき、ふと、たかい塔の窓の所に、お寺の*小魔《こおに》が、あかいとんがり頭巾をかぶって立っているのがみえました。小魔は目のなかに日がさしこむので、ひじをまげてひたいにかざしているところでした。ヨハンネスはかるくあたまをさげて、さよならのかわりにしました、小魔は赤い頭巾をふったり胸に手をあてたり、いくどもいくども、**投げキッスしてみせました。それは、ヨハンネスのためにかずかす幸福のあるように、とりわけ、たのしい旅のつづくようにいのってくれる、まごころのこもったものでした。
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*家魔《いえおに》。善魔で矮魔《こびと》の一種。ニース(Nis)。人間の家のなかに住み、こどもの姿で顔は老人。ねずみ色の服に赤い先の尖った帽子をかぶる。お寺にはこの仲間が必ずひとりずついて塔の上に住み、鐘をたたいたりするという。
**じぶんの手にせっぷんしてみせて、はなれている相手にむかってその手をなげる形。
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 ヨハンネスは、これから、大きなにぎやかな世間へでたら、どんなにたくさん、おもしろいことがみられるだろうとおもいました。それで、足にまかせて、どこまでも、これまでついぞ来たこともない遠くまで、ずんずんあるいて行きました。通っていく所の名も知りません。出あうひとの顔も知りません。まったくよその土地に来てしまっていました。
 はじめての晩は、野ッ原の、枯草を積んだ上にねなければなりませんでした。ほかに寝床といってはなかったのです。でも、それがとても寝ごこちがよくて、王さまだってこれほどけっこうな寝床にはお休みにはなるまいとおもいました。ひろい野中に小川がちょろちょろながれていて、枯草の山があって、あたまの上には青空がひろがっていて、なるほどりっぱな寝べやにちがいありません。赤い花、白い花があいだに点点《てんてん》と咲いているみどりの草原は、じゅうたんの敷物でした。にわとこのくさむらとのばらの垣が、おへやの花たばでした。洗面所のかわりには、小川が水晶《すいしょう》のようなきれいな水をながしてくれましたし、そこにはあし[#「あし」に傍点]がこっくり、おじぎしながら、おやすみ、おはようをいってくれました。お月さまは、おそろしく大きなランプを、たかい青|天井《てんじょう》の上で、かんかんともしてくださいましたが、この火がカーテンにもえつく気づかいはありません。これならヨハンネスもすっかり安心してねられます。それでぐっすり寝こんで、やっと目をさますと、お日さまはもうとうにのぼって、小鳥たちが、まわりで声をそろえてうたっていました。
「おはよう。おはよう。まだ起きないの。」
 お寺では、かんかん、鐘がなっていました。
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