おはいり。」ヨハンネスが戸をたたくと、なかで、お年よりの王さまがおこたえになりました。――ヨハンネスがあけてはいると、ゆったりした朝着のすがたに、縫いとりした上ぐつをはいた王さまが、出ておいでになりました。王冠をあたまにのせて、王しゃくを片手にもって、王さまのしるしの地球儀の珠《たま》を、もうひとつの手にのせていました。
[#挿絵(fig42382_02.png)入る]
「ちょっとお待ちよ。」と、王さまはいって、ヨハンネスに手をおだしになるために、珠を小わきにおかかえになりました。ところが、結婚申込に来た客だとわかると、王さまはさっそく泣きだして、しゃくも珠も、ゆかの上にころがしたなり、朝着のそでで、涙をおふきになるしまつでした。おきのどくな老王さま。
「それは、およし。」と、王さまはおっしゃいました。「「ほかの[#「ほかの」は底本では「ほのか」]もの同様、いいことはないよ。では、おまえにみせるものがある。」
 そこで、王さまは、ヨハンネスを、王女の遊園《ゆうえん》につれていきました。なるほどすごい有様です。どの木にもどの木にも、三人、四人と、よその国の王さまのむすこたちが、ころされてぶら下がっていました。王女に結婚を申し込んで、もちだしたなぞをいいあてることができなかった人たちです。風がふくたんびに、死人の骨がからから鳴りました。それを、小鳥たちもこわがって、この遊園《ゆうえん》には寄りつきません。花という花は、人間の骨にいわいつけてありました。植木ばちには、人間のしゃりッ骨が、うらめしそうに歯をむきだしていました。まったく、これが王さまのお姫さまの遊園とはうけとれない、ふうがわりのものでした。
「ほらね、このとおりだ。」お年よりの王さまは、おっしゃいました。「いずれおまえも、ここにならんでいる人たちとそっくりおなじ身の上になるのだから、これだけはどうかやめておくれ。わたしになさけないおもいをさせないでおくれ。わしは心ぐるしくてならないのだからな。」
 ヨハンネスは、この心のいいお年よりの王さまのお手にせっぷんしました。そうして、わたくしはうつくしいお姫さまを心のそこからしたっています。きっと、うまくいくつもりですといいました。
 そういっているとき、当のお姫さまが、侍女《じじょ》たちのこらず引きつれて、馬にのったまま、お城の中庭へのり込んで来ました。そこで、王さまも、ヨハンネスもそこへいってあいさつしました。お姫さまはそれこそあでやかに、ヨハンネスに手をさし出しました。それで、よけい好きになりました。世間の人たちがうわさするように、このひとがそんなわるい魔法つかいの女なぞであるわけがありません。それから、みんなそろって広間へあがると、かわいいお小姓《こしょう》たちが、くだもののお砂糖漬だの、くるみのこしょう入りのお菓子だのをだしました。でも、王さまはかなしくて、なんにもお口に入れるどころではなく、それに、くるみのこしょう入お菓子はかたくて、お年よりには歯が立ちませんでした。
 さて、ヨハンネスは、そのあくる日、またあらためてお城へくることになりました。そこに審判官《しんぱんかん》と評定官《ひょうじょうかん》のこらずがあつまって、問答《もんどう》をきくことになっていました。はじめの日うまく通れば、そのあくる日また来られます。でも、これまでは、もう最初の日からうまくいったためしがないのです。そうなれば、いやでもいのちひとつふいにしなくてはなりません。
 ヨハンネスは、いったいどうなるかなんのという心配はしません。ただもううきうきと、うつくしいお姫さまのことばかりかんがえていました。そうしておめぐみぶかい神さまが、きっとたすけてくださるとかたく信じていました。ではどういうふうにといっても、それはわかりません。そんなことはかんがえないほうがいいとおもっていました。そこで、宿へかえる道道も、往来をおどりおどりくると、旅なかまが待ちかまえていました。
 ヨハンネスは、王女がやさしくもてなしてくれたこと、いかにもうつくしいひとだということ、それからそれととめどなく話しました。あしたはいよいよお城へでかけて、みごとになぞをいいあてて、運だめしをするのだといって、もうそればかり待ちこがれていました。
 けれども、旅なかまは、かぶりをふって、うかない顔をしていました。
「わたしは、とてもきみを好いているのだ。」と、旅なかまはいいました。「だから、おたがいこれからもながくいっしょにいたいとおもうのに、これなりおわかれにならなくてはならない。ヨハンネス、きみはきのどくなひとだよ。わたしは泣きたくてならないが、こうしているのも今夜かぎりだろうから、せっかくのきみのたのしみをさまたげるでもない。愉快にしていようよ。大いに愉快にね。泣くことなら、あす、
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