人を入れた棺《かん》が、ふたをあけたまま置いてありました。まだお葬式がすんでいなかったのです。ヨハンネスは正しい心の子でしたから、ちっとも死人をこわいとはおもいません。それに死人がなにもわるいことをするはずのないことはよくわかっていました。生きているわるいひとたちこそよくないことをするのです。ところへ、ちょうど、そういう生きているわるい人間のなかまがふたり、死人のすぐわきに来て立ちました。この死人はまだ埋葬《まいそう》がすまないので、お寺にあずけておいてあったのです。それをそっと棺のなかに休ませておこうとはしずに、お寺のそとへほうりだしてやろうという、よくないたくらみをしに来たのです。死んだ人を、きのどくなことですよ。
「なんだって、そんなことをするのです。」と、ヨハンネスは声をかけました。「ひどい、わるいことです。エスさまのお名にかけて、どうぞそっとしてあげておいてください。」
「くそ、よけいなことをいうない。」と、そのふたりの男はこわい顔をしました。「こいつはおれたちをいっぱいはめたんだ。おれたちから金《かね》を借りて、かえさないまま、こんどはおまけにおッ死んでしまやがったんだ。おかげで、おれたちの手には、びた一文かえりやしない。だからかたきをとってやるのだ。寺のそとへ、犬ッころのようにほうりだしてやるのだ。」[#「」」は底本では欠落]
「ぼく、五十ターレル、お金があります。」と、ヨハンネスはいいました、「これがもらったありったけの財産ですが、そっくりあなた方に上げましょう。そのかわり、けっしてそのかわいそうな死人のひとをいじめないと、はっきり約束してください。なあに、お金なんかなくってもかまわない。ぼくは手足はたっしゃでつよい、それにしじゅう神さまが守っていてくださるとおもうから。」
「そうか。」と、そのにくらしい男どもはいいました。「きさま、ほんとうにその金《かね》をはらうなら、おれたちもけっして手だしはしないさ、安心しているがいい。」
こういって、ふたりは、ヨハンネスのだしたお金をうけとって、この子のお人よしなのを大わらいにわらったのち、どこかへ出て行きました。でも、ヨハンネスは死人を、またちゃんと棺《かん》のなかへおさめてやって、両手を組ませてやりました。さて、さよならをいうと、こんどもすっかりあかるい、いい心持になって、大きな森のなかへはいっていきま
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