雷のさずけもの
楠山正雄

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)尾張国《おわりのくに》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|本《ぽん》の大きな木
−−

     一

 むかし、尾張国《おわりのくに》に一人《ひとり》のお百姓《ひゃくしょう》がありました。ある暑《あつ》い夏《なつ》の日にお百姓《ひゃくしょう》は田の水《みず》を見《み》に回《まわ》っていますと、急《きゅう》にそこらが暗《くら》くなって、真《ま》っ黒《くろ》な雲《くも》が出てきました。するうち雲《くも》の中からぴかりぴかり稲妻《いなずま》がはしり出《だ》して、はげしい雷《かみなり》がごろごろ鳴《な》り出《だ》しました。やがてひどい大夕立《おおゆうだち》になりました。お百姓《ひゃくしょう》は「桑原《くわばら》、桑原《くわばら》。」と唱《とな》えながら、頭《あたま》をかかえて一|本《ぽん》の大きな木の下に逃《に》げ込《こ》んで、夕立《ゆうだち》の通《とお》りすぎるのを待《ま》っていました。すると間《ま》もなく、がらがらッと、天《てん》も地《ち》もいっしょに崩《くず》れ落《お》ちたかと思《おも》うようなすさまじい音《おと》がしました。お百姓《ひゃくしょう》は思《おも》わず耳《みみ》を押《お》さえて、地《ち》の上につっ伏《ぷ》しました。
 しばらくしてこわごわ起《お》き上《あ》がってみますと、つい五六|間先《けんさき》に大きな光《ひか》り物《もの》がころげていました。お百姓《ひゃくしょう》はふしぎに思《おも》って、そっとそばに寄《よ》ってみますと、それは奇妙《きみょう》な顔《かお》をして、髪《かみ》の毛《け》の逆立《さかだ》った、体《からだ》の真《ま》っ赤《か》な、子供《こども》のような形《かたち》のものでした。
 これは雷《かみなり》があんまり調子《ちょうし》に乗《の》って、雲《くも》の上を駆《か》け回《まわ》るひょうしに、足《あし》を踏《ふ》みはずして、地《ち》の上に落《お》ちて、目を回《まわ》したのでした。お百姓《ひゃくしょう》は、
「ははあ、なるほど、これが話《はなし》に聞《き》いた雷《かみなり》かな。何《なん》だ、こんなちっぽけな、子供《こども》みたいなものなのか。」
 と思《おも》いながら、半分《はんぶん》は気味《きみ》が悪《わる》いので、いきなり鍬《く
次へ
全5ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング