あざ笑《わら》いながら、
「おい、ただ行ったって、何《なに》かしょうこがなければわからないぞ。」
 といいました。綱《つな》は、
「じゃあ、これを羅生門《らしょうもん》の前《まえ》に立《た》ててくる。」
 といって、大《おお》きな高札《たかふだ》を抱《かか》えて、馬《うま》に乗《の》って出かけました。
 真《ま》っ暗《くら》な中を雨《あめ》にぬれながら、綱《つな》は羅生門《らしょうもん》の前《まえ》に来《き》ました。そして門《もん》の前《まえ》を行ったり戻《もど》ったり、しばらくの間《あいだ》鬼《おに》の出てくるのを待《ま》っていました。けれどいつまでたっても、鬼《おに》らしいものは出て来《き》ませんでした。綱《つな》はひとりで笑《わら》って、
「はッは、鬼《おに》め、こわくなったかな。やはり鬼《おに》が出るというのはうそなのだろう。まあ、せっかく来《き》たものだから、高札《たかふだ》だけでも立《た》てて帰《かえ》ろう。」
 と独《ひと》り言《ごと》をいいながら、門《もん》の前《まえ》に高札《たかふだ》を立《た》てました。
「やれやれ、つまらない目にあった。」
 綱《つな》はぶつぶついいながら、そのまま帰《かえ》って行こうとしました。あいにく雨《あめ》が強《つよ》くなって、風《かぜ》が出てきました。真っ暗《くら》な中で綱《つな》は、しきりに馬《うま》を急《いそ》がせました。
 ふと綱《つな》の乗《の》っていた馬《うま》がぶるぶると身《み》ぶるいをしました。そのとたん、ずしんと何《なに》か重《おも》たいものが、後《うし》ろの鞍《くら》の上に落《お》ちたように思《おも》いました。おやと思《おも》って、綱《つな》がそっとふり向《む》くと、なんだかざらざらした堅《かた》いものが顔《かお》にさわりました。それといっしょにいきなり後《うし》ろから襟首《えりくび》をつとつかまれました。
「とうとう出た。」
 綱《つな》はこう思《おも》って、襟首《えりくび》を押《お》さえられたまま鬼《おに》の腕《うで》をつかまえて、
「ふん、きさまが羅生門《らしょうもん》の鬼《おに》か。」
 といいました。
「うん、おれは愛宕山《あたごやま》の茨木童子《いばらぎどうじ》だ。毎晩《まいばん》ここへ出て人をとるのだ。」
 と、鬼《おに》はいうなり綱《つな》の襟首《えりくび》をもって空《そら》の上に引《
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