》の中を歩《ある》いていると、いつの間《ま》にか頭《あたま》の上に草《くさ》が生《は》えて、背中《せなか》には雪《ゆき》が積《つ》もった。どうしたのかと思《おも》って、気持《きも》ちが悪《わる》いから、雪《ゆき》を払《はら》おうとすると、夢《ゆめ》が覚《さ》めた。いったい何《なん》の知《し》らせだろうか。気《き》になってしかたがない。」
といいました。
すると牝鹿《めじか》は、ふと思《おも》いついて、これはちょうどいい折《おり》だから、こういう時《とき》に牡鹿《おじか》をおどかして、もうこののち海《うみ》を渡《わた》って淡路《あわじ》へ行くことを、思《おも》い止《と》まらせてやろうと考《かんが》えて、でたらめな夢占《ゆめうら》をたてました。それは、頭《あたま》に草《くさ》が生《は》えたとみたのは、かりゅうどの矢《や》が首《くび》に当《あ》たる知《し》らせで、背中《せなか》に雪《ゆき》の積《つ》もったのは、殺《ころ》されて塩漬《しおづ》けにされる知《し》らせだというのです。
「だから今日《きょう》は淡路《あわじ》へ渡《わた》るのは止《よ》して、ゆっくりここで遊《あそ》んでおいでなさい。」
と牝鹿《めじか》はいいました。
「海《うみ》を渡《わた》ればきっと途中《とちゅう》でかりゅうどに射《い》られて、殺《ころ》されるかも知《し》れません。」
そう聞《き》いて、牡鹿《おじか》はこわくなりました。どうしようかと思《おも》って、とうとうその日は一|日《にち》ぐずぐず暮《く》らしていましたが、日が暮《く》れかかると、どうしてもがまんができなくなりました。もうなんでも野島《のじま》へ渡《わた》らずにはいられなくなりました。そこで夢野《ゆめの》の牝鹿《めじか》の止《と》めるのもきかずに、とうとう出かけて行きました。
するとまったく占《うらな》いのとおり、海《うみ》を渡《わた》る途中《とちゅう》かりゅうどに見《み》つかって、牡鹿《おじか》は首《くび》を射《い》られて殺《ころ》されました。そしてそのなきがらは、雪《ゆき》のような塩《しお》の中に詰《つ》められて、人に食《た》べられてしまいました。
ですから、うっかりじょうだんに占《うらな》いなどを立《た》てると、それがほんとうになって、とんだ災難《さいなん》をうけることがあるものです。
底本:「日本の諸国物語」講談社学
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