でも、そのおふれは、わざわざ出すまでもありませんでした。なぜというに、十五分とたたないうち、お城をとりまわしている園《その》の中に、たくさんの高い木やひくい木が、もっさりと茂《しげ》りだして、そのあいだには、いばらや草やぶが、びっしり鉄条網《てつじょうもう》のようにからみついてしまいましたから、人間もけだものも、それをくぐってはいることはできなかったからです。
 そういうわけで、しばらくすると、そとから見えるものは、お城の塔《とう》のてっぺんだけになりました。それも、よほど遠くにはなれてでなければ、見えないのです。これも、妖女のみごとな、はなれわざだったことがわかりました。こうして、王女は眠っているあいだ、たれひとりおもしろ半分、のぞきにくることもできないようになったのでございます。

         三

 さて、百年は夢《ゆめ》のようにすぎました。そのじぶん、その国をおさめていた新しい王様の王子が、ある日、眠る森の近くを通りかかりました。
 この王子は、眠っている王女の一|族《ぞく》が、とうに死にたえて、そのあとに代って来たべつの王家の王子で、その日はちょうど、そのへんに狩《かり》に出かけて来たかえり道なのです。それで、遠くからお城の塔をみつけると、あの森の中にある塔はなんだといって、おそばの者にききました。
 みんなは、てんでん、じぶんの聞いているとおりをこたえました。
 なかのひとりは、あれは、ゆうれい[#「ゆうれい」に傍点]が出るというひょうばんの、古い荒城《あれじろ》だといいました。
 すると、またひとりが、あれはこの国の魔法使《まほうつかい》や、わるいみこ[#「みこ」に傍点]たちが、夜会《やかい》をする場所だといいました。
 そのなかで、わりあい、おおぜいのもののいうところでは、あれは昔から人くい鬼の住んでいるお城で、ちいさなこどもをつかまえては、みんなあそこへさらって行って、それで、たれもあとからついてこられないように、あのとおり、じぶんだけ通って行ける森をこしらえて、その中でゆっくりたべるのだということでした。
 王子は、このうちのどれを信じていいか、わからないので、まよっていますと、そのとき、ひとり、この土地に古くからいる年よりのお百|姓《しょう》が、こういいました。
「王子さま、失礼《しつれい》ではございますが、わたくしが五十年も前、父から聞きました話では、――その父はまた、もとは、じじいから聞いたのだと申しますが、――このお城の中には、それはそれは美しい王女のお姫《ひめ》さまが住んでおりまして、もう百年のあいだ、ずっと眠りつづけたあと、ちょうど百年めに、ある王様の王子が来て、目をさましてくださるのを、待っているのだということでございます。」
 若い王子は、この話を聞くと、からだじゅうに、かっとあつい血がもえあがるようにおもいました。ぜひとも、このめずらしいできごとのおさまりを、自分でつけてしまわなければとおもいたちました。美しいお姫さまをさずかるうえに、たれもはいれない魔法《まほう》のお城をきりひらく名誉《めいよ》が、自分のものになるとおもうと、もううしろからからだを押されるような気がして、さっそく、そのしごとにかかろうと決心《けっしん》しました。
 そこで、王子は、森にむかってずんずん進んでいきますと、大きな木も低《ひく》い木も、草やぶもいばらも、みんな道をよけて通しました。その広い道をどこまでも行きますと、やがてその奥《おく》にあるお城に着きました。
 ところで、すこしびっくりしたことには、ふとふりかえってみると、家来《けらい》に、ひとりもついてくるものがないのです。なぜというに、王子がはいるといっしょに、すぐ森の口がしまってしまったからです。けれども、王子はかまわずに、ずんずん進んでいきました。若いやさしい、そして火のようにあつい心をもった王子は、いつも勇気のあるものです。
 王子はやがて大きな広い庭に出ました。そこでまず見たものは、どんなこわいもの知らずでも、ぞっとして、骨までこおるようなものでした。なにもかも、気味《きみ》のわるいほど、しいんとしずまりかえっていました。そこにも、ここにも、目に見えるものは、人間や動物が、みんな死んだもののように、ぐんにゃり手足をなげ出しているすがたでした。けれども、そこに立っている、おやといスイス兵の鼻いきは、ぷんとお酒くさいし、ぽおっと赤いほほをしているのを見ても、この連中《れんじゅう》は、みんな眠っているのだということが、すぐ分かりました。しかも、その手にもった茶わんには、まだぶどう酒《しゅ》のしずくがのこっているので、なかまとお酒《さか》もりのさいちゅう、眠ってしまったのだということまで知れました。
 王子はそれから、大理石《だいりせき》をしきつめた大ろうかを通って、かいだんの上まで行って、番兵のつめているへやにはいりますと、番兵らは鉄砲《てっぽう》を肩にのせてならんだまま、ありったけの高いびきをかいてねていました。それからまた進んで、いくつかのへやを通って行きますと、どのへやにも、紳士《しんし》たちや貴婦人《きふじん》たちが、立っているものも、腰をかけているものも、みんな、たわいなく眠りこけていました。とうとう、おしまいにはいったのは、のこらずが金ずくめのきらきらしいへやでした。そこに、りっぱなねだいがすえてあって、四方のとばりのこらず、あげた中に、それこそこの世にふたつとない美しいものがあらわれました。たぶん十五六くらいの年ごろのお姫さまが、こうごうしく光りかがやくすがたで、眠っていたのです。あっと、おどろきながら、王子はふるえる足をふみしめふみしめ、その前にひざまづきました。
 さあ、これで魔法《まほう》の力もいよいよつきたのでしょう、王女は、ふと目をさましました。そして、なんともいえないやさしい目で、じいっと王子のほうをながめました。
「王子さま、あなたでございましたの。」と、お姫さまはそういって、にっこりしました。「ずいぶん待っていただきましたのね。」
 王子は、このことばを聞くと、なんといって、心のよろこびをいいあらわしていいか、分かりませんでした。王子は、じぶんのことよりも、どんなにかよけいに、お姫さまのことを、おもっているか知れないといいました。ふたりの話は、話すというよりも、泣いているといったほうがいいほど、ただもう、しどろもどろなものでした。ことばは、よどみがちでしたが、やさしい心のいずみは、かえって、いきおいよく流れ出しました。
 それに、王子のほうは、きまりはわるいし、ただおどろいているばかりなのに、王女のほうは、なにしろ百年のあいだ、妖女《ようじょ》がおもしろい夢《ゆめ》を、それからそれと見どおしに見せていてくれたのですから、いくら話しても話しても、話のたねがつきるということがないのです。ですからふたりは、かれこれ四時間もぶっとおしに話しつづけていて、そのくせ話したいことの半分も話しきらずにいました。
 そうこうするうち、お姫さまといっしょに、お城のそこでもここでも、みんなが目をさましました。たれもかれも、じぶんじぶんのしごとを思い出しました。ところで、みんなは、さしあたり、ほかに、くろう[#「くろう」に傍点]もくったくもありませんでしたから、まっさきにおなかがすいて、倒《たお》れそうにおもいました。女官|頭《がしら》は、ほかの人たちとおんなじに、ひどくおなかがへって、がまんできないほどでしたから、だしぬけに大きな声で、お姫さま、お夕飯《ゆうはん》のおしたくができましたと、申しあげました。王子は、王女のお姫さまを助けて立ちあがらせました。お姫さまは、ずいぶんりっぱなふうをしていましたが、なにしろそれは百年まえにはやった、王子のひいおばあさんの着物とおなじようだということを、さすがにお姫さまにむかっていうことは、えんりょしていました。いくら流行《りゅうこう》おくれなふうはしていても、それがために、王女の美しさにも、かわいらしさにも、いっこう、かわりはなかったのですからね。
 さて、ふたりは、鏡《かがみ》の間《ま》に出て行きました。そこで夕飯《ゆうはん》の食卓《しょくたく》について、王女づきの女官《じょかん》たちがお給仕《きゅうじ》に立ちました。そのあいだ、バイオリンだの、木笛《きぶえ》だのが、百年まえの古い曲《きょく》をかなでました。それは、百年まえの古い曲にちがいありませんでしたが、りっぱな音楽《おんがく》であることにかわりはありませんでした。
 食事がすむと、時をうつさず、大僧正《だいそうじょう》は、ふたりをお城の礼拝堂《れいはいどう》へ案内《あんない》して、ご婚礼《こんれい》をすませました。女官|頭《がしら》は、ふたりのためにとばり[#「とばり」に傍点]をひきました。

         四

 ふたりはその晩、ほんのわずかしか眠りませんでした。王子は、あくる朝、王女にわかれて町へかえりました。おとうさまの王様が、待ちこがれておいでになるところへ、かえって行ったのでございます。
 王子は、狩《かり》[#「狩《かり》」は底本では「狩《かり》り」]をしているうち、森の中で道にまよって、一|軒《けん》の炭焼小屋にとまって、チーズや黒パンをたべさせてもらったことなどを話しました。おとうさまの王様は、人のいい人でしたから、王子のいうことをほんとうになさいました。けれど、おかあさまのお妃は、もうさっそく、王子には、およめさんができていることを、おさとりになりました。
 それから二年たちました。王女には、ふたりもこどもが生まれました。上の子は女の子で、これは「朝」という名でした。下の子は男の子でこれは「昼《ひる》」という名でした。そのわけは、弟のほうが、ねえさんよりも、ずっとりっぱで、美しかったからでございます。
 それからまた二年たって、王様がおかくれになって、王子が、新しい王様の位につくことになりました。そこではじめて、天下《てんか》はれて、王女と結婚《けっこん》のしだいを、国じゅうに知らせました。そうして、りっぱな儀式《ぎしき》をととのえて、あらためて、眠る森から、お姫さまをお迎えになりました。王女はふたりのこどもを両わきにのせ、美しい行列の馬車をそろえて、王様のお城に乗りこみました。

 美しいりっぱな、いい心をもったあいてを、待っているということは、むずかしいことです。でも、待つことによって、幸福はましこそすれ、へるということはありません。



底本:「世界おとぎ文庫(イギリス・フランス童話篇)妖女のおくりもの」小峰書店
   1950(昭和25)年5月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本では見出し「一」はページ上部に挿し絵があるため、他の見出しと字下げ分が異なっていましたが、統一しました。
入力:大久保ゆう
校正:秋鹿
2006年1月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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