聞きました話では、――その父はまた、もとは、じじいから聞いたのだと申しますが、――このお城の中には、それはそれは美しい王女のお姫《ひめ》さまが住んでおりまして、もう百年のあいだ、ずっと眠りつづけたあと、ちょうど百年めに、ある王様の王子が来て、目をさましてくださるのを、待っているのだということでございます。」
 若い王子は、この話を聞くと、からだじゅうに、かっとあつい血がもえあがるようにおもいました。ぜひとも、このめずらしいできごとのおさまりを、自分でつけてしまわなければとおもいたちました。美しいお姫さまをさずかるうえに、たれもはいれない魔法《まほう》のお城をきりひらく名誉《めいよ》が、自分のものになるとおもうと、もううしろからからだを押されるような気がして、さっそく、そのしごとにかかろうと決心《けっしん》しました。
 そこで、王子は、森にむかってずんずん進んでいきますと、大きな木も低《ひく》い木も、草やぶもいばらも、みんな道をよけて通しました。その広い道をどこまでも行きますと、やがてその奥《おく》にあるお城に着きました。
 ところで、すこしびっくりしたことには、ふとふりかえってみると、家来《けらい》に、ひとりもついてくるものがないのです。なぜというに、王子がはいるといっしょに、すぐ森の口がしまってしまったからです。けれども、王子はかまわずに、ずんずん進んでいきました。若いやさしい、そして火のようにあつい心をもった王子は、いつも勇気のあるものです。
 王子はやがて大きな広い庭に出ました。そこでまず見たものは、どんなこわいもの知らずでも、ぞっとして、骨までこおるようなものでした。なにもかも、気味《きみ》のわるいほど、しいんとしずまりかえっていました。そこにも、ここにも、目に見えるものは、人間や動物が、みんな死んだもののように、ぐんにゃり手足をなげ出しているすがたでした。けれども、そこに立っている、おやといスイス兵の鼻いきは、ぷんとお酒くさいし、ぽおっと赤いほほをしているのを見ても、この連中《れんじゅう》は、みんな眠っているのだということが、すぐ分かりました。しかも、その手にもった茶わんには、まだぶどう酒《しゅ》のしずくがのこっているので、なかまとお酒《さか》もりのさいちゅう、眠ってしまったのだということまで知れました。
 王子はそれから、大理石《だいりせき》をしきつめた
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