一生けんめい、
町のねずみの おどりの行列、
ぞろぞろがやがや あとおいかける。

ピュウロ、ピュウロと 笛吹きたてる。
ねずみは夢中《むちゅう》で あとから走る。
はや目の前に ウェーゼル河の
岸まで来ると 笛吹き男、
これを限りと 笛吹きたてる。

こりゃたまらない てんと面白い、
河でも海でも かまうこたないぞ、
とびこめ、とびこめ 大うかれねずみ。
あとからあとから どんぶりこっこ、
ぶくぶくぶくぶく おぼれて死んだ。

なかに一ぴき 肥《ふと》っちょねずみ、
こりゃたまらぬと 一生けんめい、
河をわたって ねずみの国へ、
しらせをもって ほうほう逃げた。
それにはなんと 書いてある――

はじめ笛の音 きこえた時にゃ、
牛のはらわた 食いかくような、
林檎《りんご》の甘汁《あまじる》 しぼり出すような、
冷蔵箱《れいぞうばこ》のふた 取るような、
うまそうな匂《にお》いが ぷんぷんたった。

『食べろよ食べろ ねずみたち食べろ、
世界じゅうが 食料店になったぞよ。』
きくと、うかうか 皆だまされた。
『だって ふしぎさ あの大《おお》河が、
ごちそうの海に 見えたもの。』

とにかくねずみは 残らず死んだ。
あとににおいも 残らぬように、
それ壁《かべ》をぬれ それ穴《あな》ふさげ。
市長も議員も ほくほく顔で、
鐘《かね》をならして 町じゅうの祝い。

そのお祝の まっさいちゅうに、
ひょっこり帰った 笛吹き男。
『さあ約束《やくそく》だ お礼の千円、
すぐにはらってもらいたい。』
きいて市長は また青い顔。

みすみす旅の 風来坊《ふうらいぼう》に、
千円とられちゃ たまらない。
『あれはまったく 冗談《じょうだん》、冗談《じょうだん》、
五十円なら あげましょ。』と、
市長は横むいて 知らん顔。

『これこれ冗談《じょうだん》 いいっこなし、
わたしは急ぎの 旅の者、
早く千円 もらいたい。
出さぬというなら もう一度、
音《ね》いろのちがった 笛を吹く。』

『たれがおどしに のるものか、
吹きたきゃなんでも 吹くがいい、
きさまのような 素乞食野郎《すこじきやろ》に
千円とられて なるものか、
五十円なら 相当《そうとう》だ。』

腹を立てたる 笛吹き男、
四辻に立って 笛、口にあて、
ピュウロ、ピュウロと また吹き立てる、
どんな上手な 音楽師でも、
とても及ばぬ やさしい調子《ちょうし》。

おやと見るうち 方方の子供、
かたかた、ぱたぱた 小さな足音。
おしゃべりするやら 手をたたくやら、
元気なこえで 大高《おおたか》わらい、
笛にうかれて とんで出たとんで出た。

出てくる出てくる あれあれごらん、
黄金《きん》のかみの毛 まっ赤《か》なほぺた、
水晶《すいしょう》のまなこ しんじゅの白歯《しらは》、
かわいざかりの 男と女、
町の子どもは 皆あつまった。

男はさっさと あるいて行くし、
笛はますます 高音《たかね》にひびく、
子どもはぞろぞろ あとを追う。
けれどあぶない やれあぶないぞ、
みすみす目の前の 大《だい》ウェーゼル河。

市長も議員も おうしのように、
だんまりんぼと ただはらはら、
どうなることかと 見ているばかり。
ところで男は 河まで行くと、
ふと西むいて 河岸《かわぎし》づたい。

『だが[#「『だが」は底本では「だが」]むこうには 大山がある。
コッペルベルヒと いうその山は、
けわしい道の ことだから、
しょせん子どもに ついては行けぬ。』
まずまずこれでと ほっと息《いき》。

けれどふしぎや 子どもたち、
山のふもとに 行きついたとき、
さっとふたつに その山がわれ、
笛吹き男も おどり子たちも、
ずんずん中へ なだれこむ。

みんなの姿が かくれると、
われ目はとじて もとのまま。
びっこの子どもが ただ一人、
おくれてついて 行くうちに、
山がしまって 残された。

その子は町に かえったが、
いつもなんだか さびしそう。
どうしてそんなに 元気なく、
ふさいでいるかと たずねると、
子どもはいつも こういった。

『笛吹男の やくそくの
国へ行かれず 残された。
それがかなしい なさけない、
だってこの世で 見られない、
たのしい、たのしい 国だもの。

そこはきれいな 天国で
花はしぼまず 咲《さ》きつづき、
鳥はほがらに 歌うたう。
しかも年じゅう よい天気、
ぽかぽかとして 春のよう。』

あとにあわれな 町の人、
どうにか子どもを とりかえす、
工夫に脳《のう》みそ しぼったが、
影もかたちも 行方《ゆくえ》がしれず、
泣けどくやめど かいはない。

これはまったく 親たちが、
やくそく破った みせしめだ。
けれど子どもに 罪《つみ》はない、
だから
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