うた》を詠《よ》みました。
 これは「風《かぜ》が中へ吹《ふ》きこんで来《き》てはいけないぞといって立《た》てた関所《せきしょ》であるはずなのに、どうしてこんなに通《とお》り道《みち》もふさがるほど、山桜《やまざくら》の花《はな》がたくさん散《ち》りかかるのであろう。」といって、桜《さくら》の散《ち》るのを惜《お》しんだのです。

     五

 八幡太郎《はちまんたろう》の名《な》はその後《のち》ますます高《たか》くなって、しまいには鳥《とり》けだものまでその名《な》を聞《き》いて恐《おそ》れたといわれるほどになりました。
 ある時《とき》、天子《てんし》さまの御所《ごしょ》に毎晩《まいばん》不思議《ふしぎ》な魔物《まもの》が現《あらわ》れて、その現《あらわ》れる時刻《じこく》になると、天子《てんし》さまは急《きゅう》にお熱《ねつ》が出て、おこりというはげしい病《やまい》をお病《や》みになりました。そこで、八幡太郎《はちまんたろう》においいつけになって、御所《ごしょ》の警固《けいご》をさせることになりました。義家《よしいえ》は仰《おお》せをうけると、すぐ鎧《よろい》直垂《ひたたれ》に身《み》を固《かた》めて、弓矢《ゆみや》をもって御所《ごしょ》のお庭《にわ》のまん中に立《た》って見張《みは》りをしていました。真夜中《まよなか》すぎになって、いつものとおり天子《てんし》さまがおこりをお病《や》みになる刻限《こくげん》になりました。義家《よしいえ》はまっくらなお庭《にわ》の上につっ立《た》って、魔物《まもの》の来《く》ると思《おも》われる方角《ほうがく》をきっとにらみつけながら、弓絃《ゆみづる》をぴん、ぴん、ぴんと三|度《ど》まで鳴《な》らしました。そして、
「八幡太郎《はちまんたろう》義家《よしいえ》。」
 と大きな声《こえ》で名《な》のりました。するとそれなりすっと魔物《まもの》は消《き》えて、天子《てんし》さまの御病気《ごびょうき》はきれいになおってしまいました。
 またある時《とき》野原《のはら》へ狩《かり》に出かけますと、向《む》こうからきつねが一|匹《ぴき》出て来《き》ました。義家《よしいえ》はそれを見《み》て、あんな小《ちい》さなけものに矢《や》をあてるのもむごたらしい、おどしてやろうと思《おも》って、弓《ゆみ》に矢《や》をつがえて、わざときつねの目の
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