た》にぶつかったような音《おと》がして、矢《や》ははねかえって来《き》ました。藤太《とうだ》は、
「しまった。」
 と叫《さけ》んで、手早《てばや》く二の矢《や》をつがえて、いっそう強《つよ》く引《ひ》きしぼって放《はな》しましたが、これもはねかえって来《き》ました。もうあとに矢《や》は一|本《ぽん》しか残《のこ》ってはおりません。むかではずんずん近寄《ちかよ》って来《き》ました。龍王《りゅうおう》はがっかりして死《し》んだようになっていました。
 その時《とき》藤太《とうだ》はふと思《おも》いついたことがあって、三|本《ぼん》めの矢《や》の根《ね》を口にくくんで、つばでぬらしました。そして弓《ゆみ》につがえて、ひょうと放《はな》しますと、こんどこそ矢《や》はぐっさりむかでのみけんにささりました。人間《にんげん》のつばをむかでがきらうということを藤太《とうだ》はふと思《おも》い出《だ》したのでした。
 すると何《なん》千とない火《ひ》の玉《たま》は一|度《ど》にふっと消《き》えました。大《おお》あらしが吹《ふ》いて、雷《かみなり》が鳴《な》り出《だ》しました。龍王《りゅうおう》も家来《けらい》たちも、頭《あたま》を抱《かか》えて床《ゆか》の上につっ伏《ぷ》してしまいました。
 さんざん大荒《おおあ》れに荒れた後《あと》で、ふいとまた雷《かみなり》がやんで、あらしがしずまって、夏《なつ》の夜《よ》がしらしらと明《あ》けかかりました。三上山《みかみやま》がやさしい紫色《むらさきいろ》の影《かげ》を空《そら》にうかべていました。その下の湖《みずうみ》にむかでの死骸《しがい》はゆらゆらと波《なみ》にゆられていました。
 龍王《りゅうおう》は小踊《こおど》りをしてよろこんで、
「お陰《かげ》さまで今夜《こんや》からおだやかな夢《ゆめ》がみられます。ほんとうにありがとうございます。」
 といって、何遍《なんべん》も何遍《なんべん》も藤太《とうだ》にお礼《れい》をいいました。そしてたくさんごちそうをして、女《おんな》たちに歌《うた》を歌《うた》わせたり舞《まい》を舞《ま》わせたりしました。
 ごちそうがすむと、藤太《とうだ》はいとまごいをして帰《かえ》りかけました。龍王《りゅうおう》はいろいろに引《ひ》き止《と》めましたが、藤太《とうだ》はぜひ帰《かえ》るといってきかないものです
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