おおしま》を追《お》われた役人《やくにん》がくやしがって、ある時《とき》都《みやこ》に上《のぼ》り、為朝《ためとも》が伊豆《いず》の七|島《とう》を勝手《かって》に奪《うば》った上に、鬼《おに》ガ島《しま》から鬼《おに》をつれて来《き》て、らんぼうを働《はたら》かせている、捨《す》てて置《お》くと、今《いま》にまた謀反《むほん》の戦《いくさ》をおこすかもしれませんといって訴《うった》えました。
天子《てんし》さまはたいそうおおどろきになり、伊豆《いず》の国司《こくし》の狩野介茂光《かののすけしげみつ》というものにたくさんの兵《へい》をつけて、二十|余艘《よそう》の船《ふね》で大島《おおしま》をお攻《せ》めさせになりました。
為朝《ためとも》は岸《きし》の上からはるかに敵《てき》の船の帆《ほ》かげを見《み》ると、あざ笑《わら》いながら、
「久《ひさ》しぶりで腕《うで》だめしをするか。」
といって、例《れい》の強《つよ》い弓《ゆみ》に長《なが》い矢《や》をつがえて、まっ先《さき》に進《すす》んだ大きな船《ふね》の胴腹《どうばら》をめがけて矢《や》を射込《いこ》みました。すると船《ふね》はみごとに大穴《おおあな》があいて、たくさんの兵《へい》を乗《の》せたまま、ぶくぶくと海《うみ》の中に沈《しず》んでしまいました。敵《てき》はあわてて海《うみ》の中でしどろもどろに乱《みだ》れて騒《さわ》ぎはじめました。
為朝《ためとも》はつづいて二の矢《や》をつがえようとしましたが、船《ふね》を沈《しず》められた大《おお》ぜいの敵兵《てきへい》が、おぼれまいとして水の中であっぷ、あっぷもがいている様子《ようす》を見《み》ると、ふとかわいそうになって、
「かれらはいいつけられて為朝《ためとも》を討《う》ちに来《き》たというだけで、もとよりおれにはあだも恨《うら》みもない者《もの》どもだ。そんなものの命《いのち》をこの上むだにとるには忍《しの》びない。それにいったんこうして敵《てき》を退《しりぞ》けたところで、朝敵《ちょうてき》になっていつまでも手向《てむ》かいがしつづけられるものではない。考《かんが》えて見《み》ると、おれもいろいろおもしろいことをして来《き》たから、もう死《し》んでも惜《お》しくはない。おれがここで一人《ひとり》死《し》んでやれば、大《おお》ぜいの命《いのち》が助《たす》かるわけだ。」
こういって、為朝《ためとも》はそのままうちにかえって、自分《じぶん》の居間《いま》にはいると、しずかに切腹《せっぷく》して死《し》んでしまいました。
そのあとで寄《よ》せ手《て》は、こわごわ島《しま》に上《あ》がって見《み》て、為朝《ためとも》が一人《ひとり》でりっぱに死《し》んでいるのを見《み》てまたびっくりしました。
底本:「日本の英雄伝説」講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年6月10日第1刷発行
※「鬼ガ島」の「ガ」は底本では小書きになっています。
入力:鈴木厚司
校正:今井忠夫
2004年1月6日作成
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