ごてん》の中で、夜昼《よるひる》お酒《さけ》を飲《の》んで、わたくしどもに歌《うた》を歌《うた》ったり、踊《おど》りを踊《おど》らせたり、手足をさすらせたりして、あきるとつかまえて、むごたらしく生《い》き血《ち》を吸《す》って、骨《ほね》と皮《かわ》ばかりにして捨《す》ててしまいます。このとおり今日《きょう》も、ころされたお友達《ともだち》の血《ち》のついた着物《きもの》をこうして洗《あら》っているのです。」
 といいました。
 頼光《らいこう》は娘《むすめ》を慰《なぐさ》めて、教《おし》えられたとおり行きますと、なるほど大きないかめしい鉄《てつ》の門《もん》が向《む》こうに見《み》えて、黒鬼《くろおに》と赤鬼《あかおに》が番《ばん》をしていました。門《もん》に近《ちか》くなると頼光《らいこう》たちは、わざとくたびれきったように足をひきずってあるきながら、こちらから鬼《おに》に声《こえ》をかけて、
「もしもし、旅《たび》の者《もの》でございますが、山道《やまみち》に迷《まよ》って、もう疲《つか》れて一足も歩《ある》かれません。どうぞお情《なさ》けに、しばらくわたくしどもを休《やす》ませていただきとうございます。」
 と、さも心細《こころぼそ》そうにいいました。
 鬼《おに》どもは、
「これは珍《めずら》しい者《もの》がやって来《き》たぞ。なにしろ大王様《だいおうさま》に申《もう》し上《あ》げよう。」
 といって、酒呑童子《しゅてんどうじ》の所《ところ》へ行ってしらせますと、
「それはおもしろい。すぐ奥《おく》へとおせ。」
 といいました。
 六|人《にん》の武士《ぶし》が縁側《えんがわ》に上《あ》がって待《ま》っていますと、やがて雷《かみなり》や稲光《いなびかり》がしきりに起《お》こって、大風《おおかぜ》のうなるような音《おと》がしはじめました。すると間《ま》もなくそこへ、一|丈《じょう》にもあまろうという大きな赤鬼《あかおに》が、髪《かみ》の毛《け》を逆立《さかだ》てて、お皿《さら》のような目をぎょろぎょろさせながら出《で》て来《き》ました。その姿《すがた》を一目《ひとめ》見《み》ただけで、だれだっておどろいて気《き》を失《うしな》わずにはいられません。けれども頼光《らいこう》はじめ六|人《にん》の武士《ぶし》はびくともしないで、酒呑童子《しゅてんどうじ》の顔《かお》をじっと見返《みかえ》して、ていねいにあいさつをしました。童子《どうじ》はその時《とき》おうへいな調子《ちょうし》で、
「きさまたちはいったいどこから来《き》た。よくこんな山奥《やまおく》まで上《あ》がって来《き》たものだな。」
 といいました。
 すると頼光《らいこう》が、
「それはわたくしども山伏《やまぶし》のならいで、道《みち》のない山奥《やまおく》までも踏《ふ》み分《わ》けて修行《しゅぎょう》をいたします。わたくしどもはいったい出羽《でわ》の羽黒山《はぐろさん》から出ました山伏《やまぶし》でございますが、この間《あいだ》は大和《やまと》の大峰《おおみね》におこもりをしまして、それから都《みやこ》へ出ようとする途中《とちゅう》道《みち》に迷《まよ》って、このとおりこちらの御厄介《ごやっかい》になることになりました。」
 といいました。酒呑童子《しゅてんどうじ》はそう聞《き》いて、すっかり安心《あんしん》しました。
「それは気《き》の毒《どく》なことだ。まあ、ゆっくり休《やす》んで、酒《さけ》でも飲《の》んで行くがいい。」
 こういうと頼光《らいこう》も、
「それはごちそうです。失礼《しつれい》ではございますが、わたくしどももちょうど酒《さけ》を持《も》ってまいりましたから、この方《ほう》も飲《の》んで頂《いただ》きたいものです。」
 といいました。
「それはありがたい。それでは酒盛《さかも》りをはじめようか。」
 童子《どうじ》はこういって、大《おお》ぜいの腰元《こしもと》や家来《けらい》にいいつけて、酒《さけ》さかなを運《はこ》ばせました。酒呑童子《しゅてんどうじ》はそれでもまだ油断《ゆだん》なく、六|人《にん》の山伏《やまぶし》を試《ため》してみるつもりで、
「それではまず客人《きゃくじん》たちに、わたしの勧《すす》める酒《さけ》を飲《の》んでもらって、それからこんどはわたしがごちそうになることにしよう。」
 といって、酒呑童子《しゅてんどうじ》は大《おお》きな杯《さかずき》になみなみ人間《にんげん》の生《い》き血《ち》を絞《しぼ》って入《い》れて、
「さあ、この酒《さけ》を飲《の》め。」
 といって、頼光《らいこう》にさしました。頼光《らいこう》は困《こま》った顔《かお》もしないで、一息《ひといき》に飲《の》みほしてしまいました。それから保昌《ほうしょう》、次《つぎ》は綱《つな》と、かわるがわる次《つぎ》から次《つぎ》へ杯《さかずき》をまわして、おしまいに酒呑童子《しゅてんどうじ》に返《かえ》しました。
「酒《さけ》ばかりではさびしい。さかなも食《く》え。」
 酒呑童子《しゅてんどうじ》はこういって、こんどは生《な》ま生《な》ましい人間《にんげん》の肉《にく》を出《だ》しました。頼光《らいこう》たちはその肉《にく》を切《き》って、さもうまそうに舌鼓《したつづみ》をうちながら食《た》べました。酒呑童子《しゅてんどうじ》は頼光《らいこう》たちが悪《わる》びれもしないで、生《い》き血《ち》のお酒《さけ》でも、生《な》ま肉《にく》のおさかなでも、引《ひ》き受《う》けてくれたので、見《み》るから上機嫌《じょうきげん》になって、
「こんどはお前《まえ》たちの持《も》って来《き》た酒《さけ》のごちそうになろうじゃないか。」
 といいました。頼光《らいこう》はさっそく綱《つな》にいいつけて、さっき神様《かみさま》から頂《いただ》いた「神《かみ》の方便《ほうべん》鬼《おに》の毒酒《どくざけ》」を出《だ》して、酒呑童子《しゅてんどうじ》の大杯《おおさかずき》になみなみとつぎました。酒呑童子《しゅてんどうじ》は一息《ひといき》に飲《の》みほして、これもさもうまそうに舌鼓《したつづみ》をうちながら、
「これはうまい酒《さけ》だ。もう一ぱいくれ。」
 と杯《さかずき》を出《だ》しました。頼光《らいこう》は心《こころ》の中ではしめたと思《おも》いながら、うわべは何気《なにげ》ない顔《かお》をして、
「どうもお口にかなって満足《まんぞく》です。それではお酒《さけ》だけではおさびしいでしょうから、こんどはおさかなをいたしましょう。」
 といって、立《た》ち上《あ》がって、扇《おうぎ》をつかいながら舞《ま》いを舞《ま》いました。四|天王《てんのう》は声《こえ》を合《あ》わせて拍子《ひょうし》をとりながら、節《ふし》おもしろく歌《うた》を歌《うた》いました。
 それを見《み》ると、酒呑童子《しゅてんどうじ》も、手下《てした》の鬼《おに》たちも、おもしろそうに笑《わら》いながら、すすめられるままに、「神《かみ》の方便《ほうべん》鬼《おに》の毒酒《どくざけ》」をぐいぐい引《ひ》き受《う》けて、いくらでも飲《の》みました。そのうちにだんだんお酒《さけ》のききめが現《あらわ》れてきて、酒呑童子《しゅてんどうじ》はじめ鬼《おに》どもは、みんなごろごろ酔《よ》い倒《たお》れて、正体《しょうたい》がなくなってしまいました。
 頼光《らいこう》たちは鬼《おに》のすっかり倒《たお》れたところを見《み》すましますと、笈《おい》の中から鎧《よろい》や兜《かぶと》を出《だ》して、しっかり着《き》こみました。そして六|人《にん》一|度《ど》に刀《かたな》をぬいて、酒呑童子《しゅてんどうじ》の寝《ね》ている座敷《ざしき》にとびこみますと、酒呑童子《しゅてんどうじ》はまるで手足を四方《しほう》から鉄《てつ》の鎖《くさり》でかたくつながれているように、いくじなく寝込《ねこ》んでいました。頼光《らいこう》はすぐ刀《かたな》をふり上《あ》げて酒呑童子《しゅてんどうじ》の大きな首《くび》をごろりと打《う》ち落《お》としてしまいました。酒呑童子《しゅてんどうじ》の手足はそのまま動《うご》けなくなりましたが、切《き》られた首《くび》だけは目をさまして、すっと空《そら》に飛《と》び上《あ》がりました。そしていきなり頼光《らいこう》をめがけてかみついて来《こ》ようとしました。けれども兜《かぶと》の前立《まえだて》のきらきらする星《ほし》の光《ひかり》におじけて、ただ口から火を吹《ふ》くばかりで、そばへ近寄《ちかよ》ることができません。そのうち頼光《らいこう》に二三|度《ど》つづけて切《き》りつけられて、首《くび》はどんと下におちてしまいました。
 手下《てした》の鬼《おに》どもは、しばらくの間《あいだ》はてんでんに鉄棒《てつぼう》をふるって、打《う》ちかかってきましたが、六|人《にん》の武士《ぶし》に片端《かたはし》から切《き》り立《た》てられて、みんな殺《ころ》されてしまいました。
 鬼《おに》が大《おお》ぜいつかまえておいた娘《むすめ》たちの中には、池田《いけだ》の中納言《ちゅうなごん》のお姫《ひめ》さまも交《ま》じっていました。頼光《らいこう》は鬼《おに》のかすめた宝物《たからもの》といっしょに娘《むすめ》たちをつれて、めでたく都《みやこ》へ帰《かえ》りました。天子《てんし》さまはたいそうおよろこびになって、頼光《らいこう》はじめ保昌《ほうしょう》や四|天王《てんのう》たちにたくさん御褒美《ごほうび》を下《くだ》さいました。そしてそれからは鬼《おに》が出て人をさらう心配《しんぱい》がなくなりましたから、京都《きょうと》の人たちはたいそうよろこんで、いつまでも頼光《らいこう》や四|天王《てんのう》たちの手柄《てがら》を語《かた》り伝《つた》えました。



底本:「日本の英雄伝説」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年6月10日第1刷発行
※「千丈《せんじょう》ガ岳《たけ》」の「ガ」は底本では小書き。
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年9月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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