にく》を切《き》って出《だ》してやりますと、鬼《おに》はふうふういいながら、残《のこ》らずがつがつして食《た》べた後《あと》で、
「ああ、腹《はら》がくちくなった。だが、どうも、やはり人くさいぞ。今《いま》に探《さが》し出《だ》して食《た》べてやる。」
 といって、またどこかへ出ていきました。
 この間《あいだ》坊《ぼう》さんは始終《しじゅう》戸棚《とだな》の中からそっとのぞきながら、びくびくふるえていましたが、その時《とき》女は戸棚《とだな》をあけて坊《ぼう》さんを出《だ》してやって、
「さあ、早《はや》く逃《に》げておいでなさい。」
 といって、詳《くわ》しく道《みち》を教《おし》えてくれました。坊《ぼう》さんは涙《なみだ》をこぼして、手《て》を合《あ》わせて拝《おが》みながら、ころがるようにして逃《に》げていきました。何《なん》でも山の中の道《みち》を三|里《り》ばかり夢中《むちゅう》で駆《か》けたと思《おも》うと、だんだん空《そら》が明《あか》るくなって、夜《よ》が明《あ》けました。
 その時《とき》にはもういつか村《むら》の中に入《はい》っていました。方々《ほうぼう》の家《いえ》からはのどかな朝《あさ》の煙《けむり》がすうすう立《た》ちのぼっていました。



底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2006年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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