いさまを馬にのせてつれてあるけるように、男のお小姓《こしょう》の着る服をこしらえてやりました。ふたりは、いいにおいのする森のなかを、馬であるきました。すると、みどりのこい木の枝が、ふたりの肩にさわったり、小鳥たちが、みすみずしい葉かげで歌をうたいました。ひいさまは、王子について、たかい山にものぼりました。そんなとき、きゃしゃな[#「きゃしゃな」は底本では「きゃしな」]足から血がながれて、ほかのひとたちの目につくほどになっても、ひいさまはわらっていました。そうして、どこまでも王子にくっついていって、雲が、よその国へわたっていく鳥のむれのように、とんでいるところを、はるか目のしたにながめました。
うちで、王子のお城のなかにいるとき、夜な夜な、ほかのひとたちのねむっているあいだに、ひいさまは、大理石の階段のうえに出ました。そうして、もえるような足を、つめたい海の水にひたしました。そうしているうち、はるか下の海のそこの、わかれて来たひとたちのことが、こころにうかんで来ました。
そういう夜のつづいているとき、ある晩、夜ぶかく、人魚のおねえさまたちが、手をつなぎあってでて来ました。波のうえにうきながら、おねえさまたちは、かなしそうにうたいました。ひいさまが手まねきして知らせると、むこうでもみつけて、あちらでは、みんな、どんなにさびしがっているか話してきかせました。それからは、毎晩のように、このおねえさまたちはでて来ました。いちどなどは、もう何年とないひさしい前から、海の上にでておいでにならなかつたおばあさまの姿を、とおくでみつけました。かんむりをおつむりにのせたおとうさまの人魚の王さまも、ごいっしょのようでした。おばあさまも、おとうさまも、ひいさまのほうへ手をさしのべましたが、おねえさまたちのようには、おもいきっておか近くへ寄りませんでした。
日がたつにつれて、王子はだんだん人魚のひいさまが好きになりました。王子は、心のすなおな、かわいいこどもをかわいがるように、ひいさまをかわいがりました。けれど、このひいさまを、お妃《きさき》がしようなんということは、まるっきりこころにうかんだことがありません。でも、ひいさまとしては、どうしても王子のおよめにしていただかなければ[#「いただかなければ」は底本では「いただなければ」]、もう死なないたましいのさずかるみちはありません。そうして、王子がほかのお妃をむかえた次の朝、海のあわになってきえなければなりませんでした。
「わたくしを、だれよりもいちばんかわいいとはおおもいにならなくて。」と、王子が人魚のひいさまを腕にかかえて、そのうつくしいひたえにほおをよせるとき、ひいさまの目は、そうたずねているようにみえました。
「そうとも、いちばんかわいいとも。」と、王子はいいました。「だって、おまえはだれよりもいちばんやさしい心をもっているし、いちばん、ぼくをだいじにしてつかえてくれる。それに、ぼくがいつかあったことがあって、それなりもう二どとはあえまいとおもうむすめによく似ているのだよ。ぼくはあるとき、船にのって、難破《なんぱ》したことがあった、波がぼくを、あるとうといお寺のちかくの浜にうち上げてくれた。そのお寺にはおおぜい、わかいむすめたちが、おつとめしていた。そのなかでいちばんわかい子が、ぼくを浜でみつけて、いのちをたすけてくれた。ぼくは、その子を二どみただけだった。その子だけが、ぼくのこの世の中で好きだとおもったただひとりのむすめだった。ところで、おまえがそのむすめに生きうつしなのだ。あまり似ているので、ぼくの心にのこっていたせんのむすめのすがたが、いまではどうやらとおくにおしのけられそうだ。そのむすめは、とうといお寺につかえているむすめだから、ぼくの幸運の神さまが、その子のかわりに、おまえをぼくのところへよこしてくれたのだ。いつまでもいっしょにいようね。」――
「ああ、あの方は、あの方のおいのちをたすけてあげたのは、このあたしだということをお知りにならないのね。」と、人魚のひいさまはおもいました。「あたし、あの方をかかえて海の上を、お寺のある森の所まではこんであげたのだわ。あたし、そのとき、あわのかげにかくれて、たれかひとは来ないかみていたのだわ。あの方が、あたしよりもっと好きだとおっしゃるそのうつくしいむすめも、みて知っている。」と、ここまでかんがえて、人魚のひいさまは、ふかいため息をしました。人魚は泣きたくも泣けないのです。「でも、そのむすめさんは、とうといお寺につかえている身だから、世の中へでてくることはないと、あの方はおっしゃった。おふたりのあうことはきっともうないのね。あたしはこうしてあの方のおそばにいる。まいにち、あの方のお顔をみている。あたし、あの方をよくいたわってあげよう。あの方に
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