たん水のなかにしずみました。けれどまたすぐ首をだすと、もうまるで大空の星が、いちどにおちかかってくるようにおもわれました。こんな花火なんというものを、まだみたことはありませんでした。大きなお日さまがいくつもいくつも、しゅうしゅういいながらまわりました。すばらしくきれいな火魚が青い中空《なかそら》にはね上がりました。そうして、それがみんな鏡のようにたいらな海の上にうつりました。それよりか船の上はとてもあかるくて、甲板の上の帆綱《ほづな》が、ごくほそいのまで一本一本わかるくらいだ、とみんなはいっていました。でも、まあ、わかい王子のほんとうにりっぱなこと。王子はたれとも握手《あくしゅ》をかわして、にぎやかに、またにこやかにわらっていました。そのあいだも、音楽は、この晴れがましい夜室にひびきつづけました。
夜がふけていきました。それでも、人魚のひいさまは、船からも、そこのうつくしい王子からも、目をはなそうとはしませんでした。色ランプは、とうに消され、花火ももう上がらなくなりました。祝砲もとどろかなくなりました。ただ、海の底で、ぶつぶつごそごそ、ささやくような音がしていました。ひいさまは、やはり水の上にのっかって、上に下にゆられながら、船室のなかをのぞこうとしていました。でも、船はだんだんはやくなり、帆は一枚一枚はられました。するうち、波が高くなって来て、大きな黒雲がわきだしました。遠くでいなづまが、光りはじめました。やれやれ、おそろしいあらしになりそうです。それで水夫たちはおどろいて、帆をまき上げました。大きな船は、荒れる海の上をゆられゆられ、とぶように走りました。うしおが大きな黒山のようにたかくなって、マストの上にのしかかろうとしました。けれど、船は高い波と波のあいだを、はくちょう[#「はくちょう」に傍点][#「はくちょう[#「はくちょう」に傍点]」は底本では「はくちょう[#「くちょう」に傍点]」]のようにふかくくぐるかとおもうと、またもりあがる高潮の上につき上げられてでて来ました。これは海おとめの身にすると、なかなかおもしろい見ものでしたが、船の人たちはどうしてそれどころではありません。船はぎいぎいがたがた鳴りました。さしもがんじょうな船板も、ひどく横腹を当てられて曲りました。マストはまんなかからぽっきりと、まるであしかなんぞのようにもろく折れました。船は横たおしになって、うしおがどどっと、所かまわず船にながれ込みました。ここではじめて、人魚のひいさまも、船の人たちの身の上のあぶないことが分かりました。そればかりかじぶんも、水の上におしながされた船のはりや板きれにぶつからない用心しなければなりませんでした。ふと一時、すみをながしたようなやみ夜になって、まるでものがみえなくなりました。するうち、いなびかりがしはじめるとまたあかるくなって、船の上のようすが手にとるようにわかりました。みんなどうにかして助かろうとしてあがいていました。わかい王子のすがたを、ひいさまはさがしもとめて、それがちらりと目にはいったとたん、船がふたつにわれて、王子も海のそこふかくしずんでいきました。はじめのうち、ひいさまはこれで王子がじぶんの所へ来てくれるとおもって、すっかりたのしくなりました。でも、すぐと、水のなかでは、人間が生きていけないことをおもいだしました。そうすると、この王子も死んで、おとうさまの御殿にいきつくほかはないとおもいました。まあ、この人を死なせるなんて、とんでもないことです。そこで、波のうえにただようはりや板きれをかきわけかきわけ、万一、ぶつかってつぶされることなぞわすれて、夢中でおよいでいきました。で、いったん水のそこふかくしずんで、またたかく波のあいだに浮きあがったりして、やっと、わかい王子の所までおよいでいけましたが、王子は、もうとうに荒れくるう海のなかで、およぐ力がなくなっていて、うつくしい目もとじていました。人魚のひいさまが、そこへ来てくれなかったら、それなり死ぬところだったでしょう。ひいさまは、王子のあたまを水の上にたかくささげて、あとは、波が、じぶんと王子とを、好きな所へはこぶままにまかせました。
そのあけがた、ひどいあらしもやみました。船のものは、木《こ》ッぱひときれのこってはいませんでした。お日さまが、まっかにかがやきながら、たかだかと海のうえにおのぼりになりますと、それといっしょに、王子のほおにもさっと血の気がさしてきたようにおもわれました。でも、目はとじたままでした。人魚のひいさまは、王子のたかい、りっぱなひたいにほおをつけて、ぬれた髪の毛をかき上げました。こうして見ると、海のそこの、あのかわいい花壇にすえた大理石の像に似ていました。ひいさまは、もういっぺんほおづけして、どうかいのちのありますようにとねがっていまし
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