もの、うつくしいものに心をうばわれました。けれども、いまは一人まえのむすめになって、いつどこへでも好きかってにいかれるとなると、もうそれも心をひかなくなりました。またうちがこいしくなって来て、やがて、ひと月もすると、やはり海の底ほどけしきのいい所はどこにもないし、うちほどけっこうな住居《すまい》はないわ、といいあうようになりました。
 もういく晩も、夕方になると、五人のおねえさまたちは、おたがい手を組んで、つながって、水の上へあがっていきました。みんな、どんな人間もおよばないうつくしい声をもっていました。あらしが来かけると、やがて船はしずむほかないことが分かっていますから、みんなして船のそばへおよいでいって、やさしい歌をうたってやりました。海の底がどんなにうつくしいか、だから船人たちはしずむことをそんなにこわがるにはおよばない、そううたってやるのです。でも、そのことばは、人間には分かりません。それをやはりあらしの音だとおもっていました。それにまた、しずんでいくひとたちが、しずみながら海の底をみるなんて、そんなうまいわけにはいかないのです。なぜなら、船がしずむと、それなり船人はおぼれてしまいます。そうして、しかばねになって、人魚の王さまの御殿へはこばれてくるのですもの。
 きょうだいたちが、こうして手をつないで、夕方、水の上へあがっていくとき、いちばん下のひいさまだけは、いつもひとりぼっちあとにのこっていました。そうしてみんなのあとをみおくっていると、なんだか泣かずにいられない気持になりました。けれども[#「けれども」は底本では「けれとも」]、海おとめには、涙というものがないのです。そのため、よけい、せつないおもいをしました。
「ああ、あたし、どうかしてはやく十五になりたいあ。」と、このひいさまはいいました。「あたしにはわかっている。あの上の世界でも、そこにうちをつくって住んでいる人間でも、あたしきっと好きになれるでしょう。」
 するうち、とうとう、ひいさまも十五になりました。
「さあ、いよいよ、あなたも、わたしの手をはなれるのだよ。」と、ごいんきょのおばあさまがおっしゃいました。「では、いらっしゃい、おねえさまたちとおなじように、あなたにもおつくりをしてあげるから。」
 こういって、おばあさまは、白ゆりの花かんむりを、ひいさまの髪にかけました。でも、その花びらというのが、一枚一枚、真珠《しんじゅ》を半分にしたものでした。それからまだおばあさまは、八つまで、大きなかき[#「かき」に傍点]を、ひいさまのしっぽにすいつかせて、それを高貴《こうき》な身分のしるしにしました。
「そんなことをおさせになって、あたし、いたいわ。」と、ひいさまはいいました。
「身分だけにかざるのです。すこしはがまんしなければね。」と、おばあさまは、おっしゃいました。ああ、こんなかざりものなんか、どんなにふり捨てたかったでしょう。おもたい花かんむりなんか、どんなにほうりだしたかったでしょう、ひいさまは、花壇に咲いている赤い花のほうが、はるかよく似合うことはわかっていました。でも、いまさら、それをどうすることもてきません。
「いってまいります。」と、ひいさまはいって、それはかるく、ふんわりと、まるであわのように、水の上へのぼっていきました。
 ひいさまが、海の上にはじめて顔をだしたとき、ちょうどお日さまはしずんだところでした。でもどの雲もまだ、ばら色にも金色にもかがやいていました。そうして、ほの赤い空に、よいの明星《みょうじょう》が、それはうつくしくきらきら光っていました。空気はなごやかに澄んでいて、海はすっかりないでいました。そこに三本マストの大きな船が横たわっていました。そよとも風がないので、一本だけに帆が上げてあって、それをとりまいて、水夫たちが、帆綱《ほづな》や帆げたに腰をおろしていました。
 そのうち、音楽と唱歌の声がして来ました。やがて夕やみがせまってくると、なん百とない色がわりのランプに火がともって、それは各国の国旗が、風になびいているように見えました。人魚のひいさまは、その船室の窓の所までずんずんおよいでいきました。波にゆり上げられるたんびに、ひいさまは、水晶のようにすきとおった窓ガラスをすかして、なかをのぞくことができました。そこには、おおぜい、晴着《はれぎ》を着かざった人がいました、でも、そのなかで目立ってひとりうつくしいのは、大きな黒目をしたわかい王子でした。王子はまだ満十六歳より上にはなっていません。ちょうどきょうがおたん生日で、このとおりさかんなお祝をしているしだいでした。水夫たちは、甲板でおどっていました。そこへ、わかい王子がでてくると、なん百とない花火が打ち上げられて、これがひるまのようにかがやいたので、ひいさまはびっくりして、いっ
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