方《ほう》へ歩《ある》いて行きますと、舌《した》を切《き》られたすずめがこんども門《もん》をあけて出てきました。そしてやさしく、
「まあ、おばあさんでしたか。よくいらっしゃいました。」
 と言《い》って、うちの中へ案内《あんない》をしました。そして、
「さあ、どうぞお上《あ》がり下《くだ》さいまし。」
 とおばあさんの手《て》を取《と》っておざしきへ上《あ》げようとしましたが、おばあさんは何《なん》だかせわしそうにきょときょと見《み》まわしてばかりいて、おちついて座《すわ》ろうともしませんでした。
「いいえ、お前《まえ》さんのぶじな顔《かお》を見《み》ればそれで用《よう》はすんだのだから、もうかまっておくれでない。それよりか早《はや》くおみやげをもらって、おいとましましょう。」
 いきなりおみやげのさいそくをされたので、すずめはまあ欲《よく》の深《ふか》いおばあさんだとあきれてしまいましたが、おばあさんはへいきな顔《かお》で、
「さあ、早《はや》くして下《くだ》さいよ。」
 と、じれったそうに言《い》うものですから、
「はい、はい、それではしばらくお待《ま》ち下《くだ》さいまし。今《いま》おみやげを持《も》ってまいりますから。」
 と言《い》って、奥《おく》からつづらを二つ出《だ》してきました。
「さあ、それでは重《おも》い方《ほう》と軽《かる》い方《ほう》と二つありますから、どちらでもよろしい方《ほう》をお持《も》ち下《くだ》さい。」
「それはむろん、重《おも》い方《ほう》をもらっていきますよ。」
 と言《い》うなりおばあさんは、重《おも》いつづらを背中《せなか》にしょい上《あ》げてあいさつもそこそこに出ていきました。
 おばあさんは重《おも》いつづらを首尾《しゅび》よくもらったものの、それでなくっても重《おも》いつづらが、背負《せお》って歩《ある》いて行くうちにどんどん、どんどん重《おも》くなって、さすがに強情《ごうじょう》なおばあさんも、もう肩《かた》が抜《ぬ》けて腰《こし》の骨《ほね》が折《お》れそうになりました。それでも、
「重《おも》いだけに宝《たから》がよけい入《はい》っているのだから、ほんとうに楽《たの》しみだ。いったいどんなものが入《はい》っているのだろう。ここらでちょいと一休《ひとやす》みして、ためしに少《すこ》しあけてみよう。」
 こう独《ひと》り言《ごと》を言《い》いながら、道《みち》ばたの石《いし》の上に「どっこいしょ。」と腰《こし》をかけて、つづらを下《お》ろして、急《いそ》いでふたをあけてみました。
 するとどうでしょう、中を目のくらむような金銀《きんぎん》さんごと思《おも》いの外《ほか》、三《み》つ目《め》小僧《こぞう》だの、一《ひと》つ目《め》小僧《こぞう》だの、がま入道《にゅうどう》だの、いろいろなお化《ば》けがにょろにょろ、にょろにょろ飛《と》び出《だ》して、
「この欲《よく》ばりばばあめ。」と言《い》いながら、こわい目をしてにらめつけるやら、気味《きみ》の悪《わる》い舌《した》を出《だ》して顔《かお》をなめるやらするので、もうおばあさんは生《い》きた空《そら》はありませんでした。
「たいへんだ、たいへんだ。助《たす》けてくれ。」
 とおばあさんは金切《かなき》り声《ごえ》を上《あ》げて、一生懸命《いっしょうけんめい》逃《に》げ出《だ》しました。そしてやっとのことで、半分《はんぶん》死《し》んだようにまっ青《さお》になって、うちの中にかけ込《こ》みますと、おじいさんはびっくりして、
「どうした、どうした。」
 と言《い》いました。おばあさんはこれこれの目にあったと話《はな》して、「ああもう、こりごりだ。」と言《い》いますと、おじいさんは気《き》の毒《どく》そうに、
「やれやれ、それはひどい目にあったな。だからあんまりむじひなことをしたり、あんまり欲《よく》ばったりするものではない。」と言《い》いました。



底本:「日本の神話と十大昔話」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
   1992(平成4)年4月20日第14刷発行
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年8月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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