。「それとも、宮中おかかえのからすとして、台所のおあまりは、なんでもたべることができるし、そういうふうにして、いつまでもごてんにいたいとおもうかい。」
そこで、二わのからすはおじぎをして、自分たちが、としをとってからのことをかんがえると、やはりごてんにおいていただきたいと、ねがいました。そして、
「だれしもいっていますように、さきへいってこまらないように、したいものでございます。」と、いいました。
王子はそのとき、ベッドから出て、ゲルダをそれにねかせ、じぶんは、それなりねようとはしませんでした。ゲルダはちいさな手をくんで、「まあ、なんといういい人や、いいからすたちだろう。」と、おもいました。それから、目をつぶって、すやすやねむりました。すると、また夢がやってきて、こんどは天使のような人たちが、一だいのそり[#「そり」に傍点]をひいてきました。その上には、カイちゃんが手まねきしていました。けれども、それはただの夢だったので、目をさますと、さっそくきえてしまいました。
あくる日になると、ゲルダはあたまから、足のさきまで、絹やびろうどの着物でつつまれました。そしてこのままお城にとどまっていて、たのしくくらすようにとすすめられました。でも、ゲルダはただ、ちいさな馬車と、それをひくうまと、ちいさな一そくの長ぐつがいただきとうございますと、いいました。それでもういちど、ひろい世界へ、カイちゃんをさがしに出ていきたいのです。
さて、ゲルダは長ぐつばかりでなく、マッフまでもらって、さっぱりと旅のしたくができました。いよいよでかけようというときに、げんかんには、じゅん金のあたらしい馬車が一だいとまりました。王子と王女の紋章《もんしょう》が、星のようにひかってついていました。ぎょしゃや、べっとうや、おさきばらいが――そうです、おさきばらいまでが――金の冠《かんむり》をかぶってならんでいました。王子と王女は、ごじぶんで、ゲルダをたすけて馬車にのらせ、ぶじにいってくるようにおっしゃいました。もういまはけっこんをすませた森のからすも、三マイルさきまで、みおくりについてきました。このからすは、うしろむきにのっていられないというので、ゲルダのそばにすわっていました。めすのほうのからすは、羽根をばたばたやりながら、門のところにとまっていました。おくっていかないわけは、あれからずっとごてんづとめで、たくさんにたべものをいただくせいか、ひどく頭痛《ずつう》がしていたからです。その馬車のうちがわは、さとうビスケットでできていて、こしをかけるところは、くだものや、くるみのはいったしょうが[#「しょうが」に傍点]パンでできていました。
「さよなら、さよなら。」と、王子と王女がさけびました。するとゲルダは泣きだしました。――からすもまた泣きました。――さて、馬車が三マイル先のところまできたとき、こんどはからすが、さよならをいいました。この上ないかなしいわかれでした。からすはそこの木の上にとびあがって、馬車がいよいよ見えなくなるまで、黒いつばさを、ばたばたやっていました。馬車はお日さまのようにかがやきながら、どこまでもはしりつづけました。
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第五のお話
おいはぎのこむすめ
[#挿絵(fig42387_05.png)入る]
それから、ゲルダのなかまは、くらい森の中を通っていきました。ところが、馬車の光は、たいまつのようにちらちらしていました。それが、おいはぎどもの目にとまって、がまんがならなくさせました。
「やあ、金《きん》だぞ、金だぞ。」と、おいはぎたちはさけんで、いちどにとびだしてきました。馬をおさえて、ぎょしゃ、べっとうから、おさきばらいまでころして、ゲルダを馬車からひきずりおろしました。
「こりゃあ、たいそうふとって、かわいらしいむすめだわい。きっと、年中くるみの実《み》ばかりたべていたのだろう。」と、おいはぎばばがいいました。女のくせに、ながい、こわいひげをはやして、まゆげが、目の上までたれさがったばあさんでした。「なにしろそっくり、あぶらののった、こひつじというところだが、さあたべたら、どんな味がするかな。」
そういって、ばあさんは、ぴかぴかするナイフをもちだしました。きれそうにひかって、きみのわるいといったらありません。
「あッ。」
そのとたん、ばあさんはこえをあげました。その女のせなかにぶらさがっていた、こむすめが、なにしろらんぼうなだだっ子で、おもしろがって、いきなり、母親の耳をかんだのです。
「このあまあ、なにょをする。」と、母親はさけびました。おかげで、ゲルダをころす、はなさきをおられました。
「あの子は、あたいといっしょにあそぶのだよ。」と、おいはぎのこむすめは、いいました。
「あの子はマッフや、きれいな着物をあたいにくれて、晩にはいっしょにねるのだよ。」
こういって、その女の子は、もういちど、母親の耳をしたたかにかみました。それで、ばあさんはとびあがって、ぐるぐるまわりしました。おいはぎどもは、みんなわらって、
「見ろ、ばばあが、がきといっしょにおどっているからよ。」と、いいました。
「馬車の中へはいってみようや。」と、おいはぎのこむすめはいいました。
このむすめは、わんぱくにそだって、おまけにごうじょうっぱりでしたから、なんでもしたいとおもうことをしなければ、気がすみませんでした。それで、ゲルダとふたり馬車にのりこんで、きりかぶや、石のでている上を通って、林のおくへ、ふかくはいっていきました。おいはぎのこむすめは、ちょうどゲルダぐらいの大きさでしたが、ずっと、きつそうで、肩つきががっしりしていました。どす黒《ぐろ》いはだをして、その目はまっ黒で、なんだかかなしそうに見えました。女の子は、ゲルダのこしのまわりに手をかけて、
「あたい、おまえとけんかしないうちは、あんなやつらに、おまえをころさせやしないことよ。おまえはどこかの王女じゃなくて。」と、いいました。
「いいえ、わたしは王女ではありません。」と、ゲルダはこたえて、いままでにあったできごとや、じぶんがどんなに、すきなカイちゃんのことを思っているか、ということなぞを話しました。
おいはぎのむすめは、しげしげとゲルダを見て、かるくうなずきながら、
「あたいは、おまえとけんかしたって、あのやつらに、おまえをころさせやしないよ。そんなくらいなら、あたい、じぶんでおまえをころしてしまうわ。」と、いいました。
それからむすめは、ゲルダの目をふいてやり、両手をうつくしいマッフにつけてみましたが、それはたいへん、ふっくりして、やわらかでした。
さあ、馬車はとまりました。そこはおいはぎのこもる、お城のひろ庭でした。その山塞《さんさい》は、上から下までひびだらけでした。そのずれたわれ目から、大がらす小がらすがとびまわっていました。大きなブルドッグが、あいてかまわず、にんげんでもくってしまいそうなようすで、高くとびあがりました。でも、けっしてほえませんでした。ほえることはとめられてあったからです。
大きな、煤《すす》けたひろまには、煙がもうもうしていて、たき火が、赤あかと石だたみのゆか上でもえていました。煙はてんじょうの下にたちまよって、どこからともなくでていきました。大きなおなべには、スープがにえたって、大うさぎ小うさぎが、あぶりぐしにさして、やかれていました。
「おまえは、こん夜は、あたいや、あたいのちいさなどうぶつといっしょにねるのよ。」と、おいはぎのこむすめがいいました。
ふたりはたべものと、のみものをもらうと、わらや、しきものがしいてある、へやのすみのほうへ行きました。その上には、百ぱよりも、もっとたくさんのはと[#「はと」に傍点]が、ねむったように、木摺《きずり》や、とまり木にとまっていましたが、ふたりの女の子がきたときには、ちょっとこちらをむきました。
「みんな、このはと、あたいのものなのよ。」と、おいはぎのこむすめはいって、てばやく、てぢかにいた一わをつかまえて、足をゆすぶったので、はとは、羽根をばたばたやりました。
「せっぷんしておやりよ。」と、いって、おいはぎのこむすめは、それを、ゲルダの顔になげつけました。
「あすこにとまっているのが、森のあばれものさ。」と、そのむすめは、かべにあけたあなに、うちこまれたとまり木を、ゆびさしながら、また話しつづけました。「あれは二わとも森のあばれものさ。しっかり、とじこめておかないと、すぐにげていってしまうの。ここにいるのが、昔からおともだちのベーよ。」
こういって、女の子は、ぴかぴかみがいた、銅《どう》のくびわをはめたままつながれている、一ぴきのとなかいを、[#「とかないを、」に傍点]つのをもってひきだしました。
「これも、しっかりつないでおかないと、にげていってしまうの。だから、あたいはね、まい晩よくきれるナイフで、くびのところをくすぐってやるんだよ。すると、それはびっくりするったらありゃしない。」
そういいながら、女の子はかべのわれめのところから、ながいナイフをとりだして、それをとなかいのくびにあてて、そろそろなでました。かわいそうに、そのけものは、足をどんどんやって、苦しがりました。むすめは、おもしろそうにわらって、それなりゲルダをつれて、ねどこに行きました。
「あなたはねているあいだ、ナイフをはなさないの。」と、ゲルダは、きみわるそうに、それをみました。
「わたい、しょっちゅうナイフをもっているよ。」と、おいはぎのこむすめはこたえました。
「なにがはじまるかわからないからね。それよか、もういちどカイちゃんって子の話をしてくれない、それから、どうしてこのひろい世界に、あてもなくでてきたのか、そのわけを話してくれないか。」
そこで、ゲルダははじめから、それをくりかえしました。森のはとが、頭の上のかごの中でくうくういっていました。ほかのはとはねむっていました。おいはぎのこむすめは、かた手をゲルダのくびにかけて、かた手にはナイフをもったまま、大いびきをかいてねてしまいました。けれども、ゲルダは、目をつぶることもできませんでした。ゲルダは、いったい、じぶんは生かしておかれるのか、ころされるのか、まるでわかりませんでした。
たき火のぐるりをかこんで、おいはぎたちは、お酒をのんだり、歌をうたったりしていました。そのなかで、ばあさんがとんぼをきりました。ちいさな女の子にとっては、そのありさまを見るだけで、こわいことでした。
そのとき、森のはとが、こういいました。
「くう、くう、わたしたち、カイちゃんを見ましたよ。一わの白いめんどりが、カイちゃんのそりをはこんでいました。カイちゃんは雪の女王のそりにのって、わたしたちが、巣にねていると、森のすぐ上を通っていったのですよ。雪の女王は、わたしたち子ばとに、つめたいいきをふきかけて、ころしてしまいました。たすかったのは、わたしたち二わだけ、くう、くう。」
「まあ、なにをそこでいってるの。」と、ゲルダが、つい大きなこえをしました。「その雪の女王さまは、どこへいったのでしょうね。そのさきのこと、なにかしっていて。おしえてよ。」
「たぶん、*ラップランドのほうへいったのでしょうよ。そこには、年中、氷や雪がありますからね。まあ、つながれている、となかいに、きいてごらんなさい。」
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*ヨーロッパ洲の極北、スカンジナビア半島の北東部、四〇万平方キロ一帯の寒い土地。遊牧民のラップ人がすむ。
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すると、となかいがひきとって、
「そこには年中、氷や雪があって、それはすばらしいみごとなものですよ。」といいました。
「そこでは大きな、きらきら光る谷まを、自由にはしりまわることができますし、雪の女王は、そこに夏のテントをもっています。でも女王のりっぱな本城《ほんじょう》は、もっと北極のほうの、*スピッツベルゲンという島の上にあるのです。」
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*ノルウェーのはるか北、北極海にちかい小島群(一
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