とめで、たくさんにたべものをいただくせいか、ひどく頭痛《ずつう》がしていたからです。その馬車のうちがわは、さとうビスケットでできていて、こしをかけるところは、くだものや、くるみのはいったしょうが[#「しょうが」に傍点]パンでできていました。
「さよなら、さよなら。」と、王子と王女がさけびました。するとゲルダは泣きだしました。――からすもまた泣きました。――さて、馬車が三マイル先のところまできたとき、こんどはからすが、さよならをいいました。この上ないかなしいわかれでした。からすはそこの木の上にとびあがって、馬車がいよいよ見えなくなるまで、黒いつばさを、ばたばたやっていました。馬車はお日さまのようにかがやきながら、どこまでもはしりつづけました。
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   第五のお話

     おいはぎのこむすめ

[#挿絵(fig42387_05.png)入る]
 それから、ゲルダのなかまは、くらい森の中を通っていきました。ところが、馬車の光は、たいまつのようにちらちらしていました。それが、おいはぎどもの目にとまって、がまんがならなくさせました。
「やあ、金《きん》だぞ、金だぞ。」と、おいはぎたちはさけんで、いちどにとびだしてきました。馬をおさえて、ぎょしゃ、べっとうから、おさきばらいまでころして、ゲルダを馬車からひきずりおろしました。
「こりゃあ、たいそうふとって、かわいらしいむすめだわい。きっと、年中くるみの実《み》ばかりたべていたのだろう。」と、おいはぎばばがいいました。女のくせに、ながい、こわいひげをはやして、まゆげが、目の上までたれさがったばあさんでした。「なにしろそっくり、あぶらののった、こひつじというところだが、さあたべたら、どんな味がするかな。」
 そういって、ばあさんは、ぴかぴかするナイフをもちだしました。きれそうにひかって、きみのわるいといったらありません。
「あッ。」
 そのとたん、ばあさんはこえをあげました。その女のせなかにぶらさがっていた、こむすめが、なにしろらんぼうなだだっ子で、おもしろがって、いきなり、母親の耳をかんだのです。
「このあまあ、なにょをする。」と、母親はさけびました。おかげで、ゲルダをころす、はなさきをおられました。
「あの子は、あたいといっしょにあそぶのだよ。」と、おいはぎのこむすめは、いいました。
「あの子はマッフや、きれいな着物をあたいにくれて、晩にはいっしょにねるのだよ。」
 こういって、その女の子は、もういちど、母親の耳をしたたかにかみました。それで、ばあさんはとびあがって、ぐるぐるまわりしました。おいはぎどもは、みんなわらって、
「見ろ、ばばあが、がきといっしょにおどっているからよ。」と、いいました。
「馬車の中へはいってみようや。」と、おいはぎのこむすめはいいました。
 このむすめは、わんぱくにそだって、おまけにごうじょうっぱりでしたから、なんでもしたいとおもうことをしなければ、気がすみませんでした。それで、ゲルダとふたり馬車にのりこんで、きりかぶや、石のでている上を通って、林のおくへ、ふかくはいっていきました。おいはぎのこむすめは、ちょうどゲルダぐらいの大きさでしたが、ずっと、きつそうで、肩つきががっしりしていました。どす黒《ぐろ》いはだをして、その目はまっ黒で、なんだかかなしそうに見えました。女の子は、ゲルダのこしのまわりに手をかけて、
「あたい、おまえとけんかしないうちは、あんなやつらに、おまえをころさせやしないことよ。おまえはどこかの王女じゃなくて。」と、いいました。
「いいえ、わたしは王女ではありません。」と、ゲルダはこたえて、いままでにあったできごとや、じぶんがどんなに、すきなカイちゃんのことを思っているか、ということなぞを話しました。
 おいはぎのむすめは、しげしげとゲルダを見て、かるくうなずきながら、
「あたいは、おまえとけんかしたって、あのやつらに、おまえをころさせやしないよ。そんなくらいなら、あたい、じぶんでおまえをころしてしまうわ。」と、いいました。
 それからむすめは、ゲルダの目をふいてやり、両手をうつくしいマッフにつけてみましたが、それはたいへん、ふっくりして、やわらかでした。
 さあ、馬車はとまりました。そこはおいはぎのこもる、お城のひろ庭でした。その山塞《さんさい》は、上から下までひびだらけでした。そのずれたわれ目から、大がらす小がらすがとびまわっていました。大きなブルドッグが、あいてかまわず、にんげんでもくってしまいそうなようすで、高くとびあがりました。でも、けっしてほえませんでした。ほえることはとめられてあったからです。
 大きな、煤《すす》けたひろまには、煙がもうもうしていて、たき火が、赤あかと石だたみのゆか上でもえていました。煙はてんじ
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