したようになって、
「あら、おかあさん。」
 と呼《よ》びかけました。そしていつまでもいつまでも、顔《かお》を鏡《かがみ》に押《お》しつけてのぞき込《こ》んでいました。

     三

 その後《のち》おとうさんは人にすすめられて、二|度《ど》めのおかあさんをもらいました。
 おとうさんは娘《むすめ》に、
「こんどのおかあさんもいいおかあさんだから、亡《な》くなったおかあさんと同《おな》じように、だいじにして、いうことを聴《き》くのだよ。」
 といいました。
 娘《むすめ》はおとなしくおとうさんのいうことを聴《き》いて、
「おかあさん、おかあさん。」
 といって慕《した》いますと、こんどのおかあさんも、先《せん》のおかあさんのように、娘《むすめ》をよくかわいがりました。おとうさんはそれを見《み》て、よろこんでいました。
 それでも娘《むすめ》はやはり時々《ときどき》、先《せん》のおかあさんがこいしくなりました。そういう時《とき》、いつもそっと一間《ひとま》に入《はい》って、れいの鏡《かがみ》を出《だ》してのぞきますと、鏡《かがみ》の中にはそのたんびにおかあさんが現《あらわ》れて、
「おや、お前《まえ》、おかあさんはこのとおり達者《たっしゃ》ですよ。」
 というように、にっこり笑《わら》いかけました。
 こんどのおかあさんは、時々《ときどき》娘《むすめ》が悲《かな》しそうな顔《かお》をしているのを見《み》つけて心配《しんぱい》しました。そしてそういう時《とき》、いつも一間《ひとま》に入《はい》り込《こ》んで、いつまでも出てこないのを知《し》って、よけい心配《しんぱい》になりました。そう思《おも》って娘《むすめ》に聴《き》いても、
「いいえ、何《なん》でもありません。」
 と答《こた》えるだけでした。でもおかあさんは、何《なん》だか娘《むすめ》が自分《じぶん》にかくしていることがあるように疑《うたぐ》って、だんだん娘《むすめ》がにくらしくなりました。それである時《とき》おとうさんにその話《はなし》をしました。おとうさんもふしぎがって、
「よしよし、こんどおれが見《み》てやろう。」
 といって、ある日そっと娘《むすめ》の後《あと》から一間《ひとま》に入《はい》って行《い》きました。そして娘《むすめ》が一心《いっしん》に鏡《かがみ》の中に見入《みい》っているうしろから、出《だ》し抜《ぬ》けに、
「お前《まえ》、何《なに》をしている。」
 と声《こえ》をかけました。娘《むすめ》はびっくりして、思《おも》わずふるえました。そして真《ま》っ赤《か》な顔《かお》をしながら、あわてて鏡《かがみ》をかくしました。おとうさんはふきげんな顔《かお》をして、
「何《なん》だ、かくしたものは。出《だ》してお見《み》せ。」
 といいました。娘《むすめ》は困《こま》ったような顔《かお》をして、こわごわ鏡《かがみ》を出《だ》しました。おとうさんはそれを見《み》て、
「何《なん》だ。これはいつか死《し》んだおかあさんにわたしの買《か》ってやった鏡《かがみ》じゃないか。どうしてこんなものをながめているのだ。」
 といいました。
 すると娘《むすめ》は、こうしておかあさんにお目にかかっているのだといいました。そしておかあさんは死《し》んでも、やはりこの鏡《かがみ》の中にいらしって、いつでも会《あ》いたい時《とき》には、これを見《み》れば会《あ》えるといって、この鏡《かがみ》をおかあさんが下《くだ》さったのだと話《はな》しました。おとうさんはいよいよふしぎに思《おも》って、
「どれ、お見《み》せ。」
 といいながら、娘《むすめ》のうしろからのぞきますと、そこには若《わか》い時《とき》のおかあさんそっくりの娘《むすめ》の顔《かお》がうつりました。
「ああ、それはお前《まえ》の姿《すがた》だよ。お前《まえ》は小《ちい》さい時《とき》からおかあさんによく似《に》ていたから、おかあさんはちっとでもお前《まえ》の心《こころ》を慰《なぐさ》めるために、そうおっしゃったのだ。お前《まえ》は自分《じぶん》の姿《すがた》をおかあさんだと思《おも》って、これまでながめてよろこんでいたのだよ。」
 こうおとうさんはいいながら、しおらしい娘《むすめ》の心《こころ》がかわいそうになりました。
 するとその時《とき》まで次《つぎ》の間《ま》で様子《ようす》を見《み》ていた、こんどのおかあさんが入《はい》って来《き》て、娘《むすめ》の手を固《かた》く握《にぎ》りしめながら、
「これですっかり分《わ》かりました。何《なん》というやさしい心《こころ》でしょう。それを疑《うたぐ》ったのはすまなかった。」
 といいながら、涙《なみだ》をこぼしました。娘《むすめ》はうつむきながら、小声《こごえ》で、
「お
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