》しかったろう。べつに変《か》わったことはなかったか。」
 といいいい奥《おく》へ通《とお》りました。
 おとうさんはやっと座《すわ》って、お茶《ちゃ》を一|杯《ぱい》のむ暇《ひま》もないうちに、包《つつ》みの中から細長《ほそなが》い箱《はこ》を出《だ》して、にこにこしながら、
「さあ、お約束《やくそく》のおみやげだよ。」
 といって、娘《むすめ》に渡《わた》しました。娘《むすめ》は急《きゅう》にとろけそうな顔《かお》になって、
「おとうさん、ありがとう。」
 といいながら、箱《はこ》をあけますと、中からかわいらしいお人形《にんぎょう》さんやおもちゃが、たんと出てきました。娘《むすめ》はだいじそうにそれを抱《かか》えて、
「うれしい、うれしい。」
 といって、はね回《まわ》っていました。するとおとうさんは、また一つ平《ひら》たい箱《はこ》を出《だ》して、
「これはお前《まえ》のおみやげだ。」
 といって、おかあさんに渡《わた》しました。おかあさんも、
「おや、それはどうも。」
 といいながら、開《あ》けてみますと、中には金《かね》でこしらえた、まるい平《ひら》たいものが入《はい》っていました。
 おかあさんはそれが何《なん》にするものだか分《わ》からないので、うらを返《かえ》したり、おもてを見《み》たり、ふしぎそうな顔《かお》ばかりしていますので、おとうさんは笑《わら》い出《だ》して、
「お前《まえ》、それは鏡《かがみ》といって、都《みやこ》へ行かなければ無《な》いものだよ。ほら、こうして見《み》てごらん、顔《かお》がうつるから。」
 といって、鏡《かがみ》のおもてをおかあさんの顔《かお》にさし向《む》けました。おかあさんはその時《とき》鏡《かがみ》の上にうつった自分《じぶん》の顔《かお》をしげしげとながめて、
「まあ、まあ。」
 といっていました。

     二

 それから幾年《いくねん》かたちました。娘《むすめ》もだんだん大きくなりました。ちょうど十五になった時《とき》、おかあさんはふと病気《びょうき》になって、どっと寝込《ねこ》んでしまいました。
 おとうさんは心配《しんぱい》して、お医者《いしゃ》にみてもらいましたが、なかなかよくなりません。娘《むすめ》は夜《よる》も昼《ひる》もおかあさんのまくら元《もと》につきっきりで、ろくろく眠《ねむ》る暇《ひま》もなく、一生懸命《いっしょうけんめい》にかんびょうしましたが、病気《びょうき》はだんだん重《おも》るばかりで、もう今日《きょう》明日《あす》がむずかしいというまでになりました。
 その夕方《ゆうがた》、おかあさんは娘《むすめ》をそばに呼《よ》び寄《よ》せて、やせこけた手で、娘《むすめ》の手をじっと握《にぎ》りながら、
「長《なが》い間《あいだ》、お前《まえ》も親切《しんせつ》に世話《せわ》をしておくれだったが、わたしはもう長《なが》いことはありません。わたしが亡《な》くなったら、お前《まえ》、わたしの代《か》わりになって、おとうさんをだいじにして上《あ》げて下《くだ》さい。」
 といいました。娘《むすめ》は何《なん》ということもできなくって、目にいっぱい涙《なみだ》をためたまま、うつむいていました。
 その時《とき》おかあさんはまくらの下から鏡《かがみ》を出《だ》して、
「これはいつぞやおとうさんから頂《いただ》いて、だいじにしている鏡《かがみ》です。この中にはわたしの魂《たましい》が込《こ》めてあるのだから、この後《のち》いつでもおかあさんの顔《かお》が見《み》たくなったら、出《だ》してごらんなさい。」
 といって鏡《かがみ》を渡《わた》しました。
 それから間《ま》もなく、おかあさんはとうとう息《いき》を引《ひ》き取《と》りました。あとに取《と》り残《のこ》された娘《むすめ》は、悲《かな》しい心《こころ》をおさえて、おとうさんの手助《てだす》けをして、おとむらいの世話《せわ》をまめまめしくしました。
 おとむらいがすんでしまうと、急《きゅう》にうちの中がひっそりして、じっとしていると、寂《さび》しさがこみ上《あ》げてくるようでした。娘《むすめ》はたまらなくなって、
「ああ、おかあさんに会《あ》いたい。」
 と独《ひと》り言《ごと》をいいましたが、ふとあの時《とき》おかあさんにいわれたことを思《おも》い出《だ》して、鏡《かがみ》を出《だ》してみました。
「ほんとうにおかあさんが会《あ》いに来《き》て下《くだ》さるかしら。」
 娘《むすめ》はこういいながら、鏡《かがみ》の中をのぞきました。するとどうでしょう、鏡《かがみ》の向《む》こうにはおかあさんが、それはずっと若《わか》い美《うつく》しい顔《かお》で、にっこり笑《わら》っていらっしゃいました。娘《むすめ》はぼうっと
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