が降《ふ》る。」
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 と歌《うた》いました。
 山姥《やまうば》がいい心持《こころも》ちそうに、ぱちぱちいう枯《か》れ枝《えだ》の音《おと》を雨《あめ》の音《おと》だと思《おも》って聞《き》いていますと、その間《ま》に馬吉《うまきち》は枯《か》れ枝《えだ》に火をつけました。お釜《かま》のそこがだんだんあつくなってきて、そのうちじりじり焦《こ》げてきたので、さすがの山姥《やまうば》もびっくりして、
「おお、あつい。」
 といって飛《と》び上《あ》がりました。そしていきなりふたを持《も》ち上《あ》げてとび出《だ》そうとしますと、上から重《おも》しがのしかかっていて、身動《みうご》きができません。山姥《やまうば》はおこって、お釜《かま》の中で、「きゃッ、きゃッ。」とさけびながら、狂《くる》いまわりました。
 馬吉《うまきち》はかまわずどんどん枯《か》れ枝《えだ》を燃《も》やしながら、
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「馬《うま》喰《く》うばばあはどこにいる。
寒《さむ》けりゃどんどん焚《た》いてやる。
あつけりゃ火になれ、骨《ほね》になれ。」
[#ここで字下げ終わり]
 と歌《うた》いました。
 とうとうお釜《かま》が上まで真《ま》っ赤《か》に焼《や》けました。その時分《じぶん》には、山姥《やまうば》もとうにからだ中《じゅう》火《ひ》になって、やがて骨《ほね》ばかりになってしまいました。

     山姥《やまうば》と娘《むすめ》

       一

 むかしあるところに、お百姓《ひゃくしょう》のおとうさんとおかあさんがありました。夫婦《ふうふ》の間《あいだ》には十《とお》になるかわいらしい女の子がありました。ある日おとうさんとおかあさんは、野《の》らへお百姓《ひゃくしょう》のしごとをしに行く時《とき》に、女の子を一人《ひとり》お留守番《るすばん》に残《のこ》して、
「だれが来《き》てもけっして戸《と》をあけてはならないよ。」
 といいつけて、鍵《かぎ》をかけて出て行きました。
 女の子は一人《ひとり》ぼっちとり残《のこ》されて、さびしくって心細《こころぼそ》くってしかたがありませんから、小《ちい》さくなっていろりにあたっていました。するとお昼《ひる》ごろになって、外《そと》の戸《と》をとんとん、たたく音《おと》がしました。
「だあれ。」
 と、女の子がいいました。
「わたしだよ。すぐにあけておくれ。」
 と、おばあさんらしい声《こえ》が聞《き》こえました。
「でもあけてはいけないんだって、おとうさんとおかあさんがそういったから。」
 と、女の子はいいました。
「何《なん》だって。よしよし、あけてくれなければ、この戸《と》をけ破《やぶ》ってやる。」
 こういっていきなり戸《と》に手をかけて、みりみり動《うご》かしながら、両足《りょうあし》でどんどん、どんどん、けつけました。女の子はびっくりして、困《こま》って、しかたがないものですから、戸《と》をあけてやりました。
 戸《と》をあけると、ぬっと、おそろしい顔《かお》をした山姥《やまうば》が入《はい》って来《き》て、炉《ろ》ばたに足《あし》をなげ出《だ》して、
「おお、寒《さむ》い、寒《さむ》い。」
 といいました。
「おばあさん、何《なに》しに来《き》たの。」
 と、女の子はたずねました。
「おなかがすいた。早《はや》く御飯《ごはん》の支度《したく》をしろ。」
 と、山姥《やまうば》はこわい顔《かお》をしていいつけました。
 女の子はぶるぶるふるえながら、台所《だいどころ》へ行って、御飯《ごはん》のいっぱい入《はい》ったおはちを持《も》って来《き》ました。山姥《やまうば》はおはちのふたをあけて、手づかみでせっせと御飯《ごはん》をつめこみながら、たくあんをまるごと、もりもりかじっていました。その間《あいだ》に女の子は、そっとうちから抜《ぬ》け出《だ》して、逃《に》げて行きました。
 どんどん逃《に》げて行って、山《やま》の下まで来《く》ると、御飯《ごはん》を食《た》べてしまった山姥《やまうば》が、いくらさがしても女の子がいないので、大《たい》そうおこって、
「おう、おう。」
 といいながら追《お》っかけて来《き》ました。ずいぶん一生懸命《いっしょうけんめい》駆《か》けたのですけれど、山姥《やまうば》の足《あし》に小《ちい》さな女の子がかなうはずはありませんから、ずんずん追《お》いつかれて、もう一足《ひとあし》で山姥《やまうば》に肩《かた》をつかまれそうになりました。女の子は夢中《むちゅう》で一生懸命《いっしょうけんめい》逃《に》げますと、山の上からしばを背中《せなか》にしょって下《お》りて来《く》るおじいさんに出《で》あいました。
「おじいさん、おじいさん。山姥《やまうば》が追《お》っかけて来《く》るから助《たす》けて下《くだ》さい。」
 と、女の子はいいました。おじいさんは、
「よし、よし。」
 といって、背中《せなか》のしばを下《お》ろして、その中に女の子をかくしました。
 すると山姥《やまうば》が追《お》っかけて来《き》て、おじいさんに、女の子はどこへ行ったとたずねました。おじいさんがわざと、「あそこに。」といって、向《む》こうに積《つ》んであるしばを指《ゆび》さしますと、山姥《やまうば》はいきなりそのしばに抱《だ》きつきました。するとそのしばはちょうど崖《がけ》の上に立《た》てかけてあったものですから、山姥《やまうば》は自分《じぶん》のからだの重《おも》みで、しばを抱《かか》えたまま、ころころと谷《たに》そこへころげ落《お》ちました。そのひまに女の子はどんどん逃《に》げて行きました。すると山姥《やまうば》はまた谷《たに》そこからはい上《あ》がって、「おう、おう。」といいながら、あとから追《お》っかけて行きました。
 女の子がまた一生懸命《いっしょうけんめい》逃《に》げますと、また一人《ひとり》のおじいさんが、そこでかやを刈《か》っていました。
「おじいさん、おじいさん。山姥《やまうば》が来《く》るから助《たす》けて下《くだ》さい。」
 と、女の子がいいますと、おじいさんは「よし、よし。」と、刈《か》ってあるかやの中に隠《かく》してくれました。
 やがて山姥《やまうば》が追《お》っかけて来《き》ますと、おじいさんはわざと向《む》こうの崖《がけ》の上にあるかやのたばを指《ゆび》さしました。山姥《やまうば》がいきなりかやのたばに武者振《むしゃぶ》りつきますと、はずみですべって、ころころと谷《たに》そこにころがりました。その間《ま》に女の子は、またどんどん逃《に》げて行きました。

       二

 そのうちとうとう大きな沼《ぬま》のふちに出ました。やがて山姥《やまうば》も谷《たに》そこからはい上《あ》がって、また追《お》っかけて来《き》ました。女の子はもうこの先《さき》逃《に》げて行くことができなくなって、沼《ぬま》のふちに立《た》っている大きな樫《かし》の木の上に登《のぼ》りました。すると山姥《やまうば》が追《お》っついて来《き》て、
「どこへ行った、どこへ行った。どこまで逃《に》げたって逃《に》がすものか。」
 といいながら、きょろきょろそこらを見《み》まわしますと、木の上に登《のぼ》っている女の子の姿《すがた》が、沼《ぬま》の水《みず》にうつりました。山姥《やまうば》はいきなりそのうつった姿《すがた》をめがけて、沼《ぬま》の中に飛《と》び込《こ》みました。
 女の子はその間《ま》に木の上から飛《と》び下《お》りて、沼《ぬま》の岸《きし》のくまざさを分《わ》けて、逃《に》げて行きますと、一|軒《けん》の小屋《こや》がありました。中へ入《はい》ると、若《わか》い女の人が一人《ひとり》、留守番《るすばん》をしていました。女の子はこの女の人に、山姥《やまうば》に追《お》われて来《き》たことを話《はな》して、石の櫃《ひつ》の中へかくしてもらいました。
 すると間《ま》もなく、山姥《やまうば》はまた沼《ぬま》から上《あ》がって、どんどん追《お》っかけて来《き》ました。そして小屋《こや》の中に入《はい》って来《き》て、
「女の子が逃《に》げて来《き》たろう。早《はや》く出《だ》せ。」
 とどなりました。
「だってわたしは知《し》らないよ。」
 すると山姥《やまうば》は疑《うたが》い深《ぶか》そうに、鼻《はな》をくんくん鳴《な》らして、
「ふん、ふん、人くさい、人くさい。」
 といいました。
「なあに、それはわたしが雀《すずめ》を焼《や》いて食《た》べたからさ。」
「そうか。そんなら少《すこ》し寝《ね》かしておくれ。あんまり駆《か》けてくたびれた。」
「おばあさん、おばあさん。寝《ね》るのは石の櫃《ひつ》にしようか、木の櫃《ひつ》にしようか。」
「石の櫃《ひつ》はつめたいから、木の櫃《ひつ》にしようよ。」
 こう山姥《やまうば》はいって、木の櫃《ひつ》の中に入《はい》って寝《ね》ました。
 山姥《やまうば》が櫃《ひつ》の中に入《はい》ると、女《おんな》は外《そと》からぴんと錠《じょう》を下《お》ろしてしまいました。そして石の櫃《ひつ》の中から女の子を出《だ》してやって、
「山姥《やまうば》を木の櫃《ひつ》の中に入《い》れてしまったから、もう大丈夫《だいじょうぶ》だ。」
 といって、太《ふと》い錐《きり》を出《だ》して、火《ひ》の中につっ込《こ》んで真《ま》っ赤《か》に焼《や》きました。この焼《や》いた錐《きり》を木の櫃《ひつ》の上からさし込《こ》みますと、中で山姥《やまうば》が寝《ね》ぼけた声《こえ》で、
「何《なん》だ、二十日《はつか》ねずみか、うるさいぞ。」
 といいました。その間《ま》に女《おんな》は櫃《ひつ》に穴《あな》をあけて、ぐらぐら煮《に》え立《た》っているお湯《ゆ》を穴《あな》からつぎ込《こ》みますと、中で、
「あつい、あつい。」
 とさけびながら、山姥《やまうば》はどろどろに煮《に》えくずれて、死《し》んでしまいました。女は山姥《やまうば》を殺《ころ》して、女の子といっしょにうちへ帰《かえ》りました。この人ももとは山姥《やまうば》にさらわれて、こんな所《ところ》に来《き》ていたのでした。



底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2006年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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